オフショアの先導的な役割を果たしてきた米IBMだが、2007年第1四半期の米国での成長率はゼロだった。そのため「IBMグローバルサービス事業のコストベースの見直し」を発表。5月初旬、米国内のグローバルサービス要員1300人をレイオフした。レイオフされたのは主にサービスの「デリバリー」部門。ここまでは普通のニュースだが、その先が物議をかもしている。

 5月4日と11日、著名コラムニストのロバート・クリンジリー氏が、毎週7500万人にニュースを提供している米PBSのWebサイトにIBMの知人から得た情報として書いたブログが騒動の源。クリンジリー氏は、「IBMではLEANというプロジェクトが進行中であり、1300人のレイオフは今後の第一歩にすぎない。IBMはグローバルサービスの従業員を、今年末までにさらに10万人、あるいは15万人レイオフする」と報じた。

 全世界のIBMの従業員数は06年末で35万5766人。このうちグローバルサービスは約20万人であるから、10万人といえばその半数、15万人なら 4分の3になる。仮に年内に15万人を削減したら、グローバルサービスはインド人だけの組織になる。今のインドIBMは6万人弱の大組織。どう考えても数字が大き過ぎる。にもかかわらず、PBSのWebサイトを引用した報道が世界中を駆け巡った。ニューヨークタイムズやビジネスウィークなど、米大手報道機関は無視した。株価への影響があるほか、4月末には米電子協会(AEA)が「ITバブルが弾けた後の3年間で100万人のIT要員が職を失ったが06年には15万人増えた」という調査結果を発表していた。技術職の雇用が増加する傾向にあるため、IBMの大量レイオフ予測報道に乗らなかったのだろう。

 だが日本のあるITアナリストは、「GIE(グローバルに統合された企業)を目指すIBMの構想を知っているクリンジリー氏の予測は真実を突いている」と話す。「同氏が1万人とか5万人削減と書けば、流れからして信ぴょう性が高まったはずなのに、なぜIBMがニュースソースであるにもかかわらず、数字を大きく、しかも年内と期間を区切って書いたのか。その背景に興味がある」というのだ。また、米IBMの広報担当者が否定すればいいものを「ノーコメント」を貫いている姿勢も疑念を呼ぶという。このITアナリストの結論はこうだ。「今回の報道は、IBMが進出している先進諸国、特にハードやソフトの製品開発、サービスデリバリーが集中する米国の従業員12万7000人が抱く、レイオフ懸念に対する緩衝材を目的としたもの。そして、レイオフは明確に示唆された」。ブログには1218ものIBM関係者からのコメントが殺到した。

 IBMのサミュエル・パルミザーノCEOは、4月の株主総会で「インドに3年間で60億ドル投資し、2010年にインドIBMは10万人を超す」と話した。同CEOは5月上旬、インドに赴いて情報通信担当大臣にIBMの将来計画を説明している。おそらく2010年ころには、インドに加え中国やロシア、ブラジル、東欧圏にもOSやミドルウエアなどのソフト製品開発やサービスデリバリーの組織が先進諸国からシフトしている可能性が高い。10万~15万人のレイオフ報道は、シフトプロジェクトの進行宣言とみられる。サービス専業の米アクセンチュアは、今年8月までにインドが3万5000人となり、全世界で最も従業員が多い国となる。IBMがそうなっても不思議ではない。

 サービスの生産性や効率性を追求すると、ビジネスモデルは「優秀な人材が安価に供給できる地域にシフトする」ことになる。グローバルに統合された企業とは「適正な場所で、適正な時期に、適正な価格で」資源を管理できる企業だ。サービス戦略研究所の河本公文社長は、「準備周到なIBMだから、パルミザーノ CEOがインドに出かけた5月初旬のタイミングでグローバルシフトを開始した。レイオフ報道はまさにその時期に合わせたもの。先進国で10万~15万人が一度に解雇されるかどうか分からないが、少なくともそれに近い準備が既に整っているか、整いつつあると考えるのが妥当」だと話す。