「この商談はユーザー企業が必ず投資する案件だ」ということが明確になったとしても、その案件へのリソース投入を決断するには早過ぎます。ほかにも確認しなければならないことがあるからです。今回は前回に続き、案件への力のかけ方を判断するための案件アセスメントをテーマに、競合との立ち位置の明確化について紹介します。

 前回は、勝率向上を実現する第一のプロセスである「案件アセスメント」を取り上げました。案件にどれだけ力をかければよいかを、迅速に判断するために有効な手法です。そして(1)案件は本当に存在するのか、(2)競合に参加できるのか、(3)実際に勝ち取ることができるのか、(4)勝ち取る価値はあるのか―という4項目の質問のうち、(1)の案件は本当に存在するのか、について具体的に紹介しました。

 これらは、複数案件の優先順位付けや、競合との優位性比較などに必要な情報を明確にするために重要な項目です(図1)。対象となる案件の営業戦略を立てるに当たって、「受注に必要な情報のうち、何を知らないのか」「何が自分たちの弱みなのか」などを明らかにします。それによって、クロージングの最終段階で競合の攻撃にさらされることのない、強い営業戦略の立案を実現し、勝率向上に繋げます。今回は、上記4項目のうち、(2)~(4)を説明していきます。

図1●4項目のアセスメントで勝率向上の戦略を立案
図1●4項目のアセスメントで勝率向上の戦略を立案

決定基準を明確にし、競争力のある提案

 (1)のアセスメントを行った結果、ユーザー企業が必ず投資を検討する案件だということが明確になったとしても、それだけでその案件に全力を投入するわけにはいきません。そもそも競合と戦うだけの営業資源、例えば製品やサービス、エンジニアを持っていなければ、競合よりも競争力のある提案はできません。では、競争力のある提案ができるかどうかを判断するためには、何が明確になっていなければならないでしょうか。

 競合と渡り合えるだけの競争力のある提案が自社にできるのかを判断するアセスメントが、(2)競合に参加できるのか、の項目です(図2)。以下にアセスメント項目を説明します。実際の案件と照らし合わせながら、確認してみてください。(番号は前回の「案件は本当に存在するのか」の(1)~(5)の続きです)。

図2●「競合に参加できるのか」をチェックするための5項目
図2●「競合に参加できるのか」をチェックするための5項目

 (6)の「公式な決定基準」とは、案件に対する顧客の決定基準や決定プロセスを把握できているかどうかに関する項目です。そして、どの決定基準の優先順位が高いのか、その優先順位を設定したのは誰なのかについても把握できているでしょうか。

 (7)の「顧客ニーズへの適合性」とは、自社の製品やサービスが、顧客のニーズにどの程度応えられるものなのかに関する項目です。カスタマイズの必要性や、ほかのソリューションプロバイダとの協業の必要性についても、明らかにしておかなければなりません。

 (8)の「必要なリソース」とは、案件を勝ち取るために、どのくらいの営業時間や他のリソースを投入しなければならないかに関する項目です。その案件にリソースを投入することが、他の案件にどの程度影響するかについても把握しておく必要があります。

 (9)の「顧客との関係の現状」とは、ユーザー企業と自社の取引履歴や政治的関係の強さに関する項目です。自社との関係だけでなく、ユーザー企業と競合との関係についても明らかにする必要があります。

 これらの項目をアセスメントし、例えば(7)で膨大な工数のカスタマイズが必要なことが明らかになったとします。その結果(8)のリソースの点から対応が困難ということが分かれば、(6)の決定基準の変更の余地を探り、変更してもらうための営業活動を行う、という判断ができます。

 また例えば、(9)の顧客との関係を評価して、ユーザー企業と競合との関係があまりに強く、自社が入る余地がないのであれば、その案件の優先順位を落とす、または提案活動自体を行わないという判断をすることになります。

顧客にとってのビジネス価値を明確にする

 ただし、(6)~(9)のすべてが明確だとしても、それだけでは“競争力のある提案”にはなりません。競合に参加できるのかを判断する上で最も重要なのは、(10)の「ユニークなビジネス上の価値」の明確化です。ユニークなビジネス上の価値とは、自社が提供するITソリューションが、ユーザー企業のビジネスに貢献できる独自の価値のことです。

 例えば、化粧品販売のA社が、新製品の投入で競合B社から市場シェアを奪い返すという戦略で動いていたとします。このときA社がビジネス上の価値と感じることの中に、新製品開発の投資キャッシュの確保という項目があれば、それに貢献できるソリューションが、A社にとってのビジネス価値になります。例えば在庫回転率を改善するシステムはその一つでしょう。

 加えて、提供するソリューションそのものがユニークであることが重要です。つまり、競合他社ではなく、自社の提案をユーザー企業が採用する理由が明確になっていることが必要なのです。ここで大事なのは、ユーザー企業が何を価値と定義していて、それをどのように測定しようとしているかという視点です。提案する側が「このシステムは競合にない価値がある」と考えてもあまり意味がありません。

 しかし、ユニークなビジネス上の価値を明確にすることは、簡単ではないのも確かです。営業戦略立案のワークショップ参加者に聞くと、実際に勝ち取った案件ですら、ユニークなビジネス価値は明確ではなかったという答えが少なくありません。

 ユーザー企業にとってのユニークなビジネス価値は、次の手順で考えると明確になります。

(1)自社の製品・サービスが提供できる測定可能な価値は何か?
(2)ユーザー企業はどのように価値を定義して、どのように測定するのか?
(3)自社の製品・サービスが提供できる価値を、ユーザー企業の言葉に置き換えると何か?
(4)自社が提供できる価値は、競合との違いをユーザー企業に納得させられるか?

 これらの手順のうち、(2)は特に重要な項目です。ユーザー企業が、何をビジネス上の価値として定義しているかをどれだけ明確にできるか、その明確度合いに比例して、競争力のある提案ができるかどうかが左右されるのです。

顧客内部の情報を把握し、勝ちの見込みを知る

 競争力のある提案ができることが明確になったら、次に確認しなければならないのは、「実際に勝ち取ることができるのか」です(図3)。法人営業では、競争力のある提案ができても、競合に負ける場合もあります。例えば、ユーザー企業の中に「あなたの会社はとにかく嫌いです」という“敵”がいる場合などです。視点を顧客の内部に移し、アセスメントしていかなければなりません。

図3●「実際に勝ち取れるのか」をチェックするための5項目
図3●「実際に勝ち取れるのか」をチェックするための5項目

 (11)の「内部支援」とは、ユーザー企業内に、「ぜひ勝ってほしい」と思っている「味方」がいるかどうか、またその人がユーザー企業内の組織で影響力と行動力のある人かどうかに関する項目です。(12)の「トップからの信頼」も、不可欠なチェック項目です。

 (13)の「企業風土」とは、ユーザー企業の企業風土や、ベンダー/サプライヤーに対する方針が明確になっているかに関する項目です。そして、自社がその企業風土に合わせることができるかも、明らかにする必要があります。

 (14)の「非公式な決定基準」とは、競合と提案に差がない場合に、ユーザー企業がどのようにして意思決定するのかに関する項目です。

 企業組織はさまざまな利害関係の集合です。近年、製品・サービスの差別化が難しくなっていることも手伝って、ユーザー企業内の政治力学をいかに読み解き活用できるかが、勝率向上のカギになっています。つまり、実際に勝ち取ることができるのか、という質問は、「営業担当者はユーザー企業の政治力学を把握して、それを利用できるのか」と同義といえるでしょう。

 政治力学を理解し利用できているかを確認するためには、(15)の「意思決定者との政治的な連携」を明確にすることが不可欠です。ユーザー企業内でその意思決定にかかわる最も影響力の大きい人物は分かっているか、その人物が自社に「ぜひ勝ってほしい」と思っているか、またその理由は明らかか、という問いに明確にYESと回答できなければなりません。

 IT業界の営業・提案活動は、ユーザー企業内で力を持ったキーパーソンを味方に付けなければ、勝率向上を望めない環境にあります。商談規模にかかわらず、ユーザー企業内の適切な人物にコンタクトできているかどうかを常に念頭において活動をしていくことが、重要な要素になります。

売り上げ以外の戦略的価値を明確にする

 ここまで、商談の存在、競合、顧客内部という切り口で、案件アセスメントを行ってきました。最後は、「勝ち取る価値はあるのか」、つまりその商談を受注したとして自社にどんな利益があるのか、という視点でのアセスメントです(図4)。

図4●「勝ち取る価値あるか」をチェックするための5項目
図4●「勝ち取る価値あるか」をチェックするための5項目

 数多くの商談を成立させて売り上げを追求することは、営業担当者として必要な活動の一つです。しかし勝率向上を考えると、勝ち取る価値のある案件、すなわち自社にとって利益のある案件に集中的にリソースを投入するという視点が重要になります。勝ち取る価値がある商談かどうかを判断するために必要なのは、図4で示した5項目を明確にすることです。

 (16)の「短期的な売り上げ」とは、その案件の受注金額やその金額が自社の許容範囲か、またいつ契約を結ぶことができるのかに関する項目です。加えて、今回の商談を受注したとして、将来的にどのような商談に繋がるのか、ユーザー企業が自社との将来的なビジネスを認めているかという!)「将来の販売見込み」についても知る必要があります。(18)の「利益率」や、その利益率が許容範囲かどうかも把握しておかなければならない項目です。

 当然、(19)の「リスクの程度」もはっきりさせておく必要があります。受注後にそのプロジェクトが失敗するとしたら何が原因になるのか、その失敗が自社のビジネスにどんな影響を与えるかに関する項目です。

 商談における利益とは、売り上げや利益率という意味に加え、(20)の「戦略的価値」の意味も含みます。売り上げ以外にどのような価値があるかです。ほかのユーザー企業やほかの市場からの売り上げ拡大に寄与できるかどうか、明確でしょうか。例えば、仮に大幅なディスカウントを行って受注しても、業界最大手のユーザー企業が新製品を導入してくれれば、先進事例としてほかのユーザー企業への提案の強化材料になるし、新製品の認知度も高まります。

まずは重要案件でアセスメントを実践

 以上が案件アセスメントに必要な20項目です。商談に勝つための営業戦略を立てる場合、(1)から(20)のアセスメント項目について、競合と比較して互いの立場を明確化していきます。自社と競合の優劣の比較を迅速に行い、競合との位置関係を視覚化して、戦略立案に生かすことが重要です。

 「20項目ものアセスメントはとても忙しくて実行できない」と思うかもしれません。しかし、忙しいといって何も考えなければ、商談には勝てません。すべての案件が無理でも、まずは特に重要な案件を対象に、20項目のアセスメントを行ってみてください。30分もあればできると思います。それだけで、勝率向上に向けて「次に何を行わなければならないのか」が整理できるはずです。

 連載の第1回で紹介した勝率向上のための方法は、(1)案件をアセスメントする、(2)競合戦略を立てる、(3)顧客の組織分析を行う、(4)行動計画に落とし込む―の4段階のプロセスで構成されます。次回は、二つ目の競合戦略の立案を解説します。案件アセスメントの結果を踏まえ、自社と競合の強み・弱みを知った上で、自社の強みを生かし、競合の弱い部分を突く状況を作り出すシナリオを描きます。たとえ自社が最高の製品・サービスを持っていなくても、有利なアプローチを考えて実行していくためのポイントを紹介します。

入江 倫成
ウィルソン・ラーニングワールドワイド HRD事業グループアカウントマネジャー
早稲田大学法学部を卒業後、ウィルソン・ラーニングワールドワイドに入社。IT・ハイテク企業に、営業力強化やプロジェクトマネジャー育成などに関する、アセスメントや能力開発プログラムの提案を行っている。E-mail:michinari_irie@wlw.co.jp