【かもさんから一言】
 もうすぐ1歳になる我が家の姫が、最近おしゃべりを始めました。「それではお返事お願いします、姫ちゃ~ん」と声をかけると、5回に1回ぐらいは片手を上げて「ふぁあ~ぃ」とお返事してくれます。でも、この「基本動作」が大人になると意外とできないんですね。今回のテーマは「お返事」です。

(イラスト:尾形まどか)

 「相変わらず高いなあ…」。
 ここは関東の外れに本社を構える中堅電機メーカー「ソルビ電機」のシステム室。ソルビ電機のネットワーク管理を担当する熊野鴨之助(28歳)は、手にした書類をにらみつつ、ため息をついた。鴨之助が、学生時代のアルバイトの延長で就職したネットワーク製品ベンダーからソルビ電機に転職して、そろそろ2年になろうとする春のことだった。

 ソルビ電機では、営業本部でネットワークの老朽化が問題視されたことがきっかけで、8階建ての本社ビルのネットワークを全面刷新する計画が持ち上がっていた。鴨之助が手にしているのも、現行のネットワークの導入ベンダーである大手総合電機メーカー、大日本電業が提出してきた見積もり書である。昨日、上司の安藤システム課長から予算申請のための稟議書の作成を頼まれたのだが、その時、ポンと渡されたのがこれだった。

 ソルビ電機では、ネットワークの設計から施工、運用管理に至るまで、この大日本電業に丸投げするという状態が長年続いている。上司の安藤課長も、大日本電業とは長い付き合いだ。だが世間の相場を知る鴨之助の目には、大日本電業が出してくる見積もりは常に「高過ぎる」と写った。

 「大手の大日本電業とではなく、下請けで実際にサービス提供を担当している中堅B社と直接契約できたら、コストを大幅に削減できるし、浮いた金でネットワークを強化できるのに」。

 最大のユーザー部門である営業本部の責任者は、井上課長。鴨之助が、ときには叱られ、ときには共に痛飲する間柄だ。その井上課長からも、現行のネットワークの性能不足や、大日本電業の対応ぶりについての不満を、折に触れ聞かされていた。「せっかくネットワークを全面刷新するのだから、現場の課題も一気に解決しよう」。既に、そのためのネットワーク構成も検討し始めていた鴨之助である。
 規定路線に乗って、大日本電業の見積もり金額で稟議書を作れば、すぐにもネットワーク全面刷新プロジェクトの予算は確保できるだろう。だが鴨之助はどうしても、「もっと安くて高品質なネットワークが実現できる」という思いを捨てきれなかった。全面刷新プロジェクトは絶好のチャンスである。これを機に、ネットワークの調達や導入の在り方そのものから見直していこう。鴨之助は1人決心を固めた。
 それには何を置いても安藤課長の説得だ。彼を何とか口説いて、一刻も早くコンペ実施の許可を得なくては。稼働期日は12カ月後である。

ある日の安藤課長vs.鴨之助

鴨之助「あの~。営業本部のネットワーク工事の件で、ちょっとご相談が」。

安藤課長「ん? もう稟議書できたの?」

鴨之助「いえいえ、工事内容と見積もりの件なんですが。今回は他の業者の提案も比較検討して、より良いネットワークを構築する必要があると考えまして」。

安藤課長「大日本電業が出してきたやつで、何か問題があるの?」

鴨之助「拡張性や冗長性を上げたいと思っているんですが、例えばここをこうして…(中略)…という形にするのはどうでしょうか。営業本部の井上課長からも、この問題については以前から強く言われているんですよ」。

安藤課長「う~ん。ユーザー部門がそこまで言っているのであれば仕方がないな。試しにほかの会社の見積もりも取ってみるか。でも、頼むアテなんてないんだろ?」

鴨之助「いえいえ、ネットワークの敷設は、電気工事会社やケーブルのメーカーに当たればよいですし、前の会社で付き合っていた会社もありますから大丈夫です」。

安藤課長「じゃ、とりあえずやってみる? 大日本電業には3カ月後までに発注すれば間に合うことだしね」。

鴨之助「ありがとうございます!」

 こうして渋る安藤課長から、なんとかコンペ実施の許可を得た鴨之助。次は見積もりを依頼する会社の選定だ。安藤課長の気が変わらぬうちにと、鴨之助は急いで、三つのカテゴリの会社をピックアップした。具体的には電気工事会社5社、ケーブルメーカー4社、その他(システムインテグレータや総合電気メーカー)5社の計14社である。

 次に、RFP(提案依頼書)作成にとりかかる前に、まずはRFI(情報提供依頼書)を送ることにした。今回のネットワーク構築に必要な技術力、導入する機器にかかわるサービスの提供状況や特徴、そしてその会社の考え方などを確認するためである。

 これらのことを把握していないと適切なRFPは書けない。それが鴨之助の持論であった。できたRFIを各社の窓口に投げた。過去に付き合いのある会社には、知っている営業やSEなどに送った。付き合いのない会社には、Webサイトにある入力フォームや問い合わせ用のメールアドレスなども利用した。

 RFIをよく読むと、注意書きがある。2週間以内という回答期限と、期限に遅れる場合には事前に連絡することの2点が明記してある。実はこれが、鴨之助が思案の上仕込んだベンダー選定のための“関門”その1である。

遅れてきた「最有力候補」

 さて、RFIへの回答締め切り日。既存ベンダーの大日本電業を含め11社が回答してきた。鴨之助は1日がかりですべての回答内容をチェックし、分からない点や補足すべき点を洗いだした。各社を訪問して情報を補足するためである。直接行くのは話を聞くだけでなく、サービス提供の体制などを実際に目で確かめたいからだ。

 こうしてどん欲に“取材”したネタをもとに、鴨之助はRFPに書く要件をまとめにかかった。その時のことだ。総務部門から安藤課長に電話がかかってきた。電話を切った安藤課長は、すぐこちらに向かってくる様子。鴨之助は嫌な予感がした。

 その予感は的中した。「熊野くん、困ったことになったよ。関西インダストリから総務に電話があって、提案させてくれと言ってきたそうだよ。何で候補に入っていないの? どういうこと?」と畳みかけてきたのだ。

 関西インダストリとは、電気工事関連でトップシェアを誇る大手である。システム部では発注したことはないが、電話の管理を一手に引き受けている総務部とは、長い付き合いらしかった。要は、その関西インダストリの営業が、総務課長に電話でねじ込んできたのだった。

 よく言えば調和型、悪く言えば馴れ合い体質の安藤課長の“本領発揮”である。いつもの鴨之助なら、ここで押し切られてしまうところだった。だがせっかく自分で勝ち取ったチャンスだ。今回は思い切って勝負に出た。

 「今回は各社公平にチャンスを設けました。もちろん関西インダストリにもRFIを出したのですが、期日までに返事がもらえなかったんです。ここで関西インダストリを候補に入れてしまったら、期限内に対応していただいたほかの会社に申し訳が立たない。お断りします」と言い放ったのだ。

 普通なら、関西インダストリが最有力候補の1社に入ることは間違いない。だが今回は、スタートラインから1歩も動けないまま失格してしまった。総務にねじ込んできた営業は、ソルビ電機の総務部門との馴れ合いの関係を過信していたのだ。

 もっとも、鴨之助としてはより良い提案を求めたいだけなので、これだけの理由で関西インダストリと縁を切りたくはなかった。そこで後日、「次回大規模なコンペがあるときには、声をおかけしますからよろしくお願いします」と、関西インダストリにフォローの連絡を入れておいたのだった。

【かもさんから もう一言】
 いかがでしたか。常時気を張っているほどのことはないですが、尋ねられた時にはちゃんと「お返事」することが重要です。うちの姫も3回に1回ぐらいはできるように教えたいと思います。このプロジェクトの話はあと2回続きます。次回はいよいよRFP。お楽しみに。

筆者「かもさん」とは
某大手ユーザー企業の敏腕プロジェクトマネジャー。若手ながら、システムのアーキテクチャ設計~運用設計、ヘルプデスク体制の構築、アプリケーションの企画~運用、オフィス移転プロジェクトなど経験値は高い。現在は情報セキュリティ管理者を務めつつ、システム部門の組織戦略もひねり出す多忙な日々を送る。数々のプロジェクトを通じ、「ユーザー企業とITサービス企業の理想の関係」を追い求める寅年生まれ。モットーは「明るく楽しく激しく」