かつてシン・クライアントの普及を妨げた課題は,ブロードバンド化などによってほぼクリアされつつある。国内の金融機関,製造業などでは,じわじわと採用が進んでいる。製品は,選択肢が増えると同時に,ソフトフォンの利用など弱点を克服したものも登場。環境は着実に整ってきた。

 シン・クライアントが注目されるようになった最大の理由は,個人情報保護法の施行に伴うパソコンのセキュリテイ対策として有効と見られていることにある(図1)。大半のシン・クライアント製品はハードディスクを内蔵していないため,端末から情報が漏れることはないという考えである。

図1●普及の阻害要因は取り除かれつつある
図1●普及の阻害要因は取り除かれつつある  [画像のクリックで拡大表示]

 ただ,シン・クライアントのメリットは端末からの情報漏えい防止だけではない。企業ユーザーにとっては,クライアントで稼働させるソフトウエアの管理を一元化して,ソフトウエアのバージョンアップなど運用にかかるコストを削減できることも大きなメリットになる。

パソコンは端末としては異質

 企業のクライアントとして主流になっているパソコンは,情報システムの端末としてとらえると異質な存在である。元々,端末はホスト・コンピュータを利用するための入出力装置であり,ハードウエア面以外の保守は必要なかった。これに対してパソコンは単体で機能するように設計されたもので,CPU,メモリー,ハードディスクというコンピュータの要素をすべて備える。このために,端末としては不要な機能,データを持った“ファット・クライアント”になっている。

 シン・クライアントが登場した当時,筆者はある大手企業の情報システム部門長を務めていた。そのときの頭痛のたねがイントラネットの端末管理だった。「一人1台」を合い言葉に企業の端末としてはパソコンが主流になっていたが,業務で使うには不要な機能が多いばかりか,その不要な機能のために保守に手間がかかり過ぎる。その運用コストに悩まされていたのだ。ちょうど,基幹系システム(メインフレーム)の専用端末が更新時期を迎えており,パソコンをクライアントとして利用し続けることに疑問を感じていた。

 確かに,オフォスワーカーが多様な業務をこなすには,ワープロや表計算,プレゼンテーションなどのツールが必要になるから,パソコンはなじみやすい。ただ,こうした機能もサーバー側で稼働させることができれば端末は単純な入出力装置でも構わない。

 米シトリックス・システムズのCitrix Presentation Serverのようなサーバー・ミドルウエアを使えば,シン・クライアントから,デスクトップのオフィス・アプリケーションを含めたあらゆる機能を利用できる環境は実現可能。しかも,それぞれのソフトウエアのバージョンアップ,ウイルス対策ソフトやセキュリティ・パッチの更新といった,手のかかる作業もシステム部門で一括して実施できる。

 管理の効率化によるコスト削減効果については,試算はいろいろある。一般的にパソコンの購入コストは運用を含めたトータル・コストの2割に満たないと言われる。残り8割のうち,シン・クライアント化によって50%以上を削減できるというレポートもある。

ディスクレスの効果はほかにもある

 シン・クライアントにはほかにもメリットがある。ハードディスクを内蔵しないことで,いろいろな物理的なメリットが生じる。ハードディスクを搭載すると,消費電力は大きくなるし,冷却ファンも必要になる。故障の頻度も高い。端末の重量が増えることで,モビリティの低下にもつながる。

 これに対してシン・クライアントは,消費電力はパソコンの5分の1から2分の1(製品によってはわずか8W)。軽量で,バッテリー容量に余裕が生まれるので,ネットワーク環境さえ整えばモバイル利用にも最適である。機構部分が少なく故障が起こりにくいので工場や物流部門などにも適用しやすいし,音が静かなため研究所や図書館にも向く。

 このようなエコロジー・メリットはわずかなことかもしれないが,端末台数が数千以上の単位になると無視できない。しかも一時的でなく継続使用なので逆に目立たない盲点にもなっている。運用コスト削減というメリットはシステム部門にとってのもの。ただ,見方を変えてエコロジー・システムとしてとらえると,実はシン・クライアントはエンドユーザーにもメリットがある。

かつてはやらなかったワケ

 こうしたメリットは,米オラクルの「NC」(ネットワーク・コンピュータ)や米マイクロソフトの「NetPC」など,シン・クライアントが登場した当初から挙げられていた(別掲記事『そもそもの始まりは「500ドルPC」』を参照)。ところが今日に至るまで,シン・クライアントの導入は決して進んでいるとは言えない。

 これには,いくつか理由がある。具体的には,(1)シン・クライアント端末がパソコンに比べて安くなかった,(2)全体の導入コストが高かった,(3)システム構築ノウハウ不足により十分な性能を得られなかった,(4)システム部門が保守的で受け入れられなかった──などである(図2)。

図2●シン・クライアントが登場から10年間はやらなかった主な原因
図2●シン・クライアントが登場から10年間はやらなかった主な原因
[画像のクリックで拡大表示]