銘柄選択の条件だけを入力すれば、あとはシステムが処理してくれる――。アクサ・ローゼンバーグ証券投信投資顧問では、徹底的にIT武装したクォンツ運用を実践している。同社では最前線のトレーダーにまで、ITを利用して顧客に最良の投資機会を提供しようという共通認識がある。最新の電子取引の導入を証券会社にも働きかけ、さらなる効率化を図る。(編集部)

 資産運用は、その投資対象、運用手法、運用スタイルによって様々に分類できる。市場の動きに連動することを目標とする「パッシブ運用」に対して、市場インデックスを上回るパフォーマンスを追求する「アクティブ運用」がある。また、ファンドマネジャーが、属人的な分析力や経験を活かして投資判断をくだす方法もあれば、人間の相場感を排除し、投資に関する経済データや企業財務データ、株式市場データなど様々な情報をコンピューターで分析し運用を行う「クォンツ運用」というスタイルもある。

 様々な運用スタイルを提供している運用会社もあれば、ある運用スタイルに特化した運用会社もある。ここで紹介するアクサ・ローゼンバーグ証券投信投資顧問は後者に属し、クォンツ運用を行っている。同社は、積極的にITを取り入れることで、他の運用会社との差別化を図っている。

運用プロセスのすべてをIT武装

 アクサ・ローゼンバーグでは、伝統的なファンダメンタル分析から人為的な判断、予測もしくは先入観などを取り除き、世界規模での企業の分析・評価を詳細に行うためのエキスパート・システム(特定の分野や用途に特化した高度な情報システム)を構築している。分析対象銘柄は1万9000以上に上る。

 エキスパート・システムを構築した理由はただひとつ。顧客に最良の投資機会を提供するためだ。市場を上回る成果をより確実に実現するには、不必要なリスクを回避する必要があると考えている。人為的判断は不必要なリスクの発生源になりうるとの発想に基づいて徹底的にIT武装がなされているのである。

 「クォンツ運用の会社なのだから、ITが進んでいるのは当たり前」と思う人は多いだろう。しかし、同社のエキスパート・システムは、単に銘柄選択だけを行う分析ツールではない。運用会社における運用プロセスのすべてをカバーするシステムとして稼働している(参照)。

図1●アクサ・ローゼンバーグのコンピュータ・テクノロジーを駆使した運用プロセス
図1●アクサ・ローゼンバーグのコンピュータ・テクノロジーを駆使した運用プロセス
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 市場データをリアルタイムに取り込むところから始まり、銘柄選択に必要な分析をして、ポートフォリオを最適化する。最適ポートフォリオから作成された銘柄について最良の売買執行方法を算出し、証券会社に発注する。その後のバックオフィス業務の処理も、エキスパート・システムの守備範囲である。

 日本の運用会社の多くは、顧客の要件として規定される「発注してはいけない証券会社」や「売買してはいけない銘柄」のチェックを手作業で対応しているため、多くの時間を割いている。しかし、アクサ・ローゼンバーグでは、一度禁止条件をシステムに入力してしまえば、あとはエキスパート・システムが自動的に処理する仕組みになっている。最初の条件入力に時間が必要なだけだ。当然、そうした初期条件などは事後のコンプライアンス対応にも連携している。

他社に先駆けて電子取引

 株式の発注を自動化するには、運用会社も証券会社も電子取引の標準的な手順であるFIXを取り入れている必要がある。株式の発注については、FIXバージョン4.2(以下、FIX4.2)まで対応しておけば十分で、2003年に発表されたFIX4.4は、債券など株式以外の商品の発注や、発注以外の機能に対応するためのものである。

 FIXプロトコル・グローバル委員会及び米Tower Groupによる調査を見ても、FIX4.2への対応はかなり進んでいるが、FIX4.4を取り入れている会社はまだ少ない。FIX4.2は、セルサイド(証券会社)では95%が対応(ないし今後対応予定)、バイサイド(運用会社)では同80%以上という結果だ。一方、FIX4.4については、セルサイドは25%が対応をまったく考えておらず、バイサイドでは50%が導入する意思がない。

 にもかかわらず、「すでにFIX4.4への対応が完了している」と、アクサ・ローゼンバーグ最高投資責任者のチェン・リャオ氏は自信を持って語る。アクサ・ローゼンバーグの投資対象は株式であるから、FIX4.2で十分なはず。なぜ、FIX4.4まで取り入れているのか。

ITの重要性は全社の共通認識

 「FIX4.4の対応によって、コンファメーション(取引照合)の自動化が可能になるから」(リャオ氏)だ。取引照合の自動化により不必要なリスクを回避でき、取引成立後の処理においても質の向上が期待できるという考えで業界他社に先駆けて積極的に導入したわけだ。

 FIXは運用会社だけ、あるいは証券会社だけが対応しても自動化は実現しない。そこでリャオ氏は「アクサ・ローゼンバーグから証券会社に導入を働きかけている」と言う。この働きかけを推進したのは、IT部門の社員ではない。最前線のトレーダーが主体的に動いて、取引相手である証券会社や信託銀行などに声をかけているのだ。

 ITによる効率化によって最良の投資機会を生み出すことができるという共通認識が社内に浸透していることが、「トレーダーが自ら推進した」という動機付けにつながった。

 自分たちのビジネスの効率が、取引相手によって左右されることがないように、相手にもIT導入を促す。電子取引を促された証券会社にあっても、アクサ・ローゼンバーグ同様、IT部門がテクノロジーの観点から対応するかどうかを決めるのではなく、ビジネス戦略としてIT対応をどのように進めるべきかを考えていく必要があるだろう。