大手金融機関からチーム単位で独立してヘッジファンドを設立――。金融機関のプロプライアトリ・トレーディング(自己資本による株・債券等の運用)部門では、最先端の金融技術を駆使するチームを支援し、積極的に独立させる動きが相次いでいる。引き留めに必要となる多大な人件費を回避しつつ、先鋭的な人材集団を外部に確保することで結果的には利益にもつながる。機関投資家からも実態が見えにくい世界について、ロンドンで唯一の邦人ヘッジファンドを運営する浅井將雄氏と、山本大輔氏に聞き、まとめた。(編集部)

 ヘッジファンドに対し、「市場を撹乱させる得体の知れない存在」などと漠然とした不信感を抱く向きがいまだある一方で、日本の機関投資家による投資は増加している。ヘッジファンド投資から得られる運用リターンが相対的に高いからだ。さらに、10万円程度から投資可能なヘッジファンド商品を提供する銀行も登場し、個人投資家がインターネットで手軽に購入できるようになった。日本の金融機関は、ヘッジファンドへ運用資金を提供する重要なパイプ役となっている。

投資家のために最高の金融ITを

 浅井將雄氏が経営する「キャピュラ・インベストメント・マネジメント(Capula Investment Management)」は、2005年5月にロンドンで設立されたヘッジファンドである。総額およそ16億米ドルの資金を運用し、このうち約3分の1は日本の投資家からの資金であると言う。

 投資家の大切な資金を預かるヘッジファンド経営者としては、最高の投資戦略、最先端の金融技術、信頼性の高い金融ITのすべてに妥協は許されない。同社は、投資アイデアと最先端の金融モデルを組み合わせて構築された運用ポートフォリオや、それを可視化するための金融ITインフラの実現に余念がない。この仕事を担うのは、米大手金融機関の最先端金融技術開発部門から引き抜いた金融IT人材だ。「最高レベルである年俸50万米ドル級の金融IT人材を採用できるのは、ロンドンにオフィスがあるからだ」(浅井氏)。

「経験と勘」プラスIT

 キャピュラの運用手法は、「フィクスト・インカム・レラティブ・バリュー戦略」と呼ばれる。複数の債券・金利商品の価値を相対的にとらえ、その習性(時間の経過に伴う相対的な差異変化の方向や幅等)に確信を得た時、ポートフォリオを構築し、その後は、時間の経過によるキャリー収益やキャピタル収益の実現を待つものだ。

 多数の銘柄・市場・期間等の相対的習性を巧みにとらえ、現物や派生商品のロング(買い)とショート(売り)の取引を組み合わせながら、市場全体の上げ下げに左右されないポートフォリオの構築を図る。精緻なコントロールが必要となり、高度な金融理論も欠かせない。

 「マーケットは生き物。金融理論だけではうまくいかない。金融理論と現実の世界を結び付けることが、ヘッジファンドマネジャーの仕事だった。ただし、人間の能力や体力には限界がある。その限界を克服したのがIT。リアルタイムのダッシュボード情報によって、さらに精緻なレラティブ・バリューの追求と正確なポートフォリオ・コントロールに集中できるようになる」(浅井氏)。

 キャピュラでは、自社でモデルの開発やリスク管理システムの整備などを進めるため、ITに驚くほど多額の予算を割いている。「便利なツールが世に出るまで待てばいいのではないか」と思う読者は鈍感だ。逡巡していては、投資家に対して説明責任を果たせないからだ。

図1●キャピュラ・インベストメント・マネジメントの金融ITインフラの目的
図1●キャピュラ・インベストメント・マネジメントの金融ITインフラの目的

 「金融に関する十分な理解と経験を持ち、高度な数学知識とプログラミングのすべてを習得した人材の確保を重視し、チームで仕事をさせる。多少コストがかかっても、共通言語を持つ人材を揃えることで、チームおよび会社の生産性が飛躍的に高まる」(浅井氏)。

 キャピュラでは、日欧米大手金融機関からシニア・アナリストの山本大輔氏をはじめ複数のリスク・リサーチアナリストを確保している。他社からの引き抜きも多いヘッジファンド業界において、優秀な人材の確保は重要な経営課題である。プロフェッショナルが働きやすい環境を整えるのも、経営者の仕事。山本氏 は「日本では優秀な人材がまだまだ不足している」と言う。

 日本の国債市場も投資対象としながらも、山本氏がロンドンで運用を行っているのは、そうした理由が大きいのかもしれない。

 キャピュラは、フロント事務プロセスの全自動化を目指している。同社の戦略では、フィクスト・インカム市場のあらゆる金融商品を駆使して、ポートフォリオの細かい調整を行う。このため、取引量、事務量は非常に多いと言う。

オペレーショナルリスクをITで抑える

 ヘッジファンドとして独立すると、それまで銀行内のバックオフィスや主計・リスク管理部門へ送っていた取引チケットを、社外の第三者、例えばプライムブローカーやアドミニストレーターなどのシステムへ送ることになる。使い慣れないシステムが増えると、潜在的なオペレーショナルリスクの温床ともなる。

 同社では、金利スワップなどのデリバティブズの取引では、スワップスワイヤー(SwapsWire)の電子照合サービスをはじめアウトソースを積極的に導入。その他の金融商品については、自社で取引チケット処理システムを構築、プライムブローカーなどにソフトウエアを配布し、テンプレートに沿った入力を求める ことで、社内のチケットレス化に成功している。

 「チケットレス化で事務ミスを極限まで減らすことで、ミドルオフィスやバックオフィスの負担を軽減させ、フロントがマーケットに集中できる体制を構築することがカギ」と山本氏は話す。

 景気の回復、不良債権処理の完了に伴い、攻めに転ずる金融機関が増えている。経営計画で金融ITの戦略的活用を唱えるケースも多い。ここで怠ってはいけないのが「金融とITの両面で共通の言葉を話せる人材」の育成であろう。

金融IT人材の育成

 「ヘッジファンド業界の成長はトレーダー個人の能力によってのみなされたものではない。革新的なオペレーションの深化・高度化を支える最新鋭のITとそれを理解する人材がセットとなって、初めて他社を凌駕するパフォーマンスを獲得することができる」と浅井氏、山本氏は口を揃えて言う。

 キャピュラは、その運用パフォーマンスが高く評価され、07年1月25日発売のヘッジファンドの有力業界誌「ユーロ・ヘッジ」で、ファンド・オブ・ザ・イヤー6 社のうちの1社に選出された。惜しくも最優秀賞は逃したものの、その他2部門でもノミネートされるなど世界のトップクラスとしのぎを削っている。

 スキルセット次第では日本の金融マンも世界の強者と伍することができる。そのために求められるのは、浅井氏のように金融ITの重要性を強く認識し、ビジネス戦略とITとの融合ができるような経営者だ。そんな経営者なら日本の金融IT人材のスキルアップを加速させ、さらにはファンドマネジャーやアナリストの力も世界レベルに押し上げることができるだろう。

写真1●撮影:Ben Kelly(英ロンドン)

浅井將雄
(あさい・まさお/写真左)
1990年東海銀行入行、2004年UFJ インターナショナルPLC。05年からCapula Investment Management LLP共同パートナー

山本大輔
(やまもと・だいすけ/写真右)
96年東海銀行入行、04年UFJインターナショナルPLC。06年からCapula Investment Management LLPシニア・アナリスト
撮影:Ben Kelly(英ロンドン)