原田泳幸氏

 IT業界でエンジニアとしてスタートした私は、今から3年前に日本マクドナルドに転職した。このときIT業界であろうと外食業界であろうと経営は変わらないと思っていたが、現在ではまったく違うと思っている。

 IT業界で成長のカギを握っているのは技術だ。パソコンの購入サイクルは、パワーユーザーでも2~3年に1回で、購入判断の時間が長い。また、パソコンに代表されるように商品サイクルは短い。それに対して、外食産業で成長のカギを握るのは人である。ハンバーガーの商品寿命は長く、基本的に36年前と変わらない。顧客は店の前を通って、わずか数秒で買うかどうかを決める。

 マクドナルドは世界119カ国に展開しているが、日本だけで1年間に来店する顧客は延べ14億人に達する。それを5000人の正社員と13万人のクルーと呼ばれるスタッフが対応している。1日数百万食をだれがやっても同じスピードで、同じ品質で、全国3800店で提供するノウハウ自体が大変なものだが、最後は顧客に直接対応する従業員一人ひとりの気持ちによるところが大きい。

 日本マクドナルドが一号店を出したのは1971年。それ以降、破竹の勢いで成長したが、90年代に入ってから成長の勢いは止まった。既存店の売り上げは97年から7年連続で対前年比マイナスという状況が続いた。そんななかで、私は2004年2月に代表取締役副会長兼CEO(最高経営責任者)に就任した。

3年間で13%の成長に復活

 状況を把握して真っ先に気付いたのは、レストランビジネスの基本であるQSC(Quality、Service、Cleanliness)が低下していたことだ。メニュー、マーケティング、店舗展開も混乱を極めていた。成長に向けた投資も欠如していたし、ハンバーガー以外のメニューにも手を出すなど「独自の強さ」も見失っていた。

 そして、QSCの向上に力を入れた結果、2004年から2006年までの3年間で外食市場全体はマイナス6.8%と縮小したが、当社の売り上げは既存店ベースで12.9%成長している。

 この間、本社で経営資源を把握できるように組織を変更したほか、成長に向けた投資の再開、年功序列の人事制度の見直しなど、さまざまな改革に取り組むと同時に、新しい企業文化の確立にも力を注いだ。QSCの向上をはじめ、顧客が納得感を得られるバリュー戦略、既存のビジネスを成長させていく戦略、さらに成長を加速させるためのイノベーションなどを社員に示し、日本マクドナルドの進むべき方向を示し、具体的な動きを伝えた。

 コミュニケーションによって会社の方向性を示すことは極めて大切だ。私が毎日、社員とクルーに向けてCEOブログを書くのもそのためだ。ビジネス戦略についての話はもちろん、私の家庭での出来事や過去の経験談など、テーマは雑多。ひとえに店舗で働く従業員と経営陣の精神的な距離を縮める狙いがある。最近、ブログは社内だけでなく、当社に食材などを提供するビジネスパートナーにも開放している。

図●継続的成長を目指し、新しい企業文化の確立などに取り組む
図●継続的成長を目指し、新しい企業文化の確立などに取り組む

 情報を一方的に流すだけでは、従業員の意識はなかなか変わらない。バスを借り切って従業員とのワークショップに取り組んでいるのも彼らとの精神的な距離を縮めるためだ。新卒者、店舗の社員、本社の社員と一緒に店舗を回りながら、議論を重ねている。現場に出向くことで私自身が経営の課題を発見するというメリットもある。

 システムからさまざまなデータを抽出できるが、データは結果にすぎない。データよりも大事なのは、顧客のクレームに代表される明日の経営課題を知ることだ。現場に出向いて商売の匂いをかがなければ、経営課題を的確にとらえられない。ややもするとデータだけに頼って判断しがちだが、そうしていると明日の経営課題を見落としたり、誤った判断を下したりしてしまう。

 とはいえ、ITインフラが不要だといっているわけではない。データをリアルタイムに把握することによって現場の匂いをかいでさらにスピーディに経営判断していくことがビジネスチャンスをとらえる最善策だと思う。しかし、当社の現在のITインフラは、個々の情報システムの集合体で互いに連動していないため、データをリアルタイムにとらえることが難しい。また、TCO(所有総コスト)も高いうえ、新しい事業戦略を進める際にITインフラが足かせになることもある。

ITインフラの再構築に投資

 今後は、できるだけカスタマイズせずに使える小さなアプリケーションを強固なプラットフォームにインテグレートしたスケーラブルなシステムの構築を考えている。また、店舗の経営状況を一元的にリアルタイムで把握でき、顧客行動に基づく仮説検証型マネジメントを進めていくためにITインフラの再構築に投資をしているところだ。さらに、今後3年間でTCOを40%削減する計画を立てている。

 当社はeマーケティングに取り組んでいる。現在のPOSレジスターは勘定はできるものの、経営情報にリンクしていないので、リアルタイムで現在の売り上げが見られるようなものに切り替えていきたい。そうすると、雨が降ったらすぐにディスカウントするといったことができ、売り上げを格段に増やすことができる。顧客の反応はそれくらい速い。

 また、紙のクーポン券からeクーポンに変えることも考えている。紙のクーポンは1回に3000万枚配布しており、それを1年間に10回実施している。問題は、準備期間から効果が見えるまでの期間が長いことだ。携帯電話を駆使してeクーポンにすれば、準備期間が短くなるうえ、クーポンの効果がリアルタイムで把握できるようになる。

 ITの柔軟性も重要になる。メガマックの販売は大変好調だったために材料の牛肉が不足し、販売期間を1カ月延ばすために数量限定にせざるを得なかった。メガマックを購入したいという顧客の声が強く、メガマックデイを毎月2回設定して再開したが、顧客の動きに対応して柔軟に食材を供給できるサプライチェーンとITインフラが存在していれば、メガマックの販売を容易に増やせた。

 日本国内のサプライチェーンのインフラと、海外のサプライチェーンのインフラの連動は日本マクドナルドにとって大きなテーマだ。それによって大きなビジネスチャンスを得ることができるし、当社の成長を加速させることができる。