EU(欧州連合)は域内の27カ国に4億5000万人が住み,GDP(国内総生産)の総額が12兆米ドルに達する規模である。統合通貨「EURO」の普及も進み,フランスやドイツ,イタリアなど13カ国で使用されており,域内の雇用も流動化しつつある。これだけの経済圏となったEU加盟各国の放送と通信の融合状況を調べるために,このほど数カ国を視察した。今回から3回にわたり,イタリアのメディア事情を中心に解説する。

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写真1●イタリアは古い建物が密集している地域が多い
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 イタリアといえば,RAI(イタリア国営放送)とベルルスコーニ元首相が所有する民放局の対立といった図式が思い浮かぶが,時代は通信にフォーカスされてきている。EU加盟各国のメガキャリア(大手通信事業者)が競い合う時代になった。筆者がミラノに滞在していたとき,FASTWEB(FW)がスイスのSwisscomに買収されることが当局から承認されるのではという報道に接した。

 FWは,設立して10年ほどしかたっていないDSL(デジタル加入者線)サービス専業の通信事業者である(2007年第1四半期の売上高は約500億円)。ものすごく古い建物が多いイタリアでは,光ファイバーやケーブルテレビ(CATV)回線の敷設工事がやりにくいといった特殊要因と,テレコムイタリアの電話回線を1年以上使わなければならないといった固有の要因から,数年前までブロードバンド(高速大容量)回線がほとんど敷設されていなかった(写真1)。

資本の論理に翻弄されるイタリアの電話会社

ヨットレースのもようを中継する「セイリングチャンネル」
写真2●ヨットレースのもようを中継する「セイリングチャンネル」
テレコムイタリアが多額の協賛金をつぎ込んでいる
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 ところが,産業や資本が集約されていて民度も高いミラノを地盤として,DSL事業を武器に通信市場に参入してきたのがFWである。イタリアといえば,カルチョというほどサッカーファンが多い。そのイタリアサッカーリ―グの放映権を,EU指針に基づくパブリックコンテンツとして格安で取得しパッケージ化して,地上波放送の再送信と合わせて配信する事業スキームで加入世帯を順調に増やしてきた。

 IP電話を合わせると,加入者は1150万人の規模にまで成長しているが,「テレコムイタリアにDSL回線の使用を申し込むと数カ月も待たされる」といった営業上の怠慢という驚くべき要因も見受けられた。欧州の伝統的なキャリアは,もともと寡占市場にあぐらをかいており,ドイツやフランス,イタリアにその傾向が強かった(写真2)。

 そんななかEUでは,携帯電話事業を中心にして新規参入が勃興した。イタリアでは英Vodafoneが勢力を伸ばしている。テレコムイタリアも「TIM」ブランドで携帯電話事業を展開していたが,業績不振のため2006年にトロンケッティ会長が辞任するという事態になった。

 さらにこの4月には,同社の大株主である「オリンピア」 を所有する名門タイヤメーカーのピレッリがオリンピアの株式を米AT&Tなどに譲渡するための独占交渉期間に入ったとの話題まで出る始末だ。同社の昨年度の売上高は312億ユーロだが,400億ユーロもの負債を整理する必要に迫られている。こうしたなか隣国のSwisscomは,ブロードバンド回線を利用したトリプルプレーなどの新サービスを買収するFWの資産を用いて,スイス国内はもちろん、フランスやドイツでもそのサービスを広げていこうという戦略を打ち出している。

 一方,FWのブロードバンドサービスは,ドイツやオランダなど200万世帯の加入者を獲得するまでに成長してきたところである。ここにフランステレコムやテレフォニカも加わり、電話市場での壮絶な戦いが繰り広げられようとしている。まさにマルコポーロも驚くだろう「通信大競争時代」の到来だ。


佐藤 和俊(さとう かずとし)
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。