ブログのツールと言えばSix Apartの「Movable Type」が定番だが,海外では少し事情が変わってきているようである。今,米国のAutomatticという小さな会社が手がける「WordPress」が注目を浴びている。「Google Trends」で見てみると,Movable Typeはここ何年もほぼ横ばいで推移し,緩やかに下降しているのが分かる。これに対しWordPressの勢いはすごい。日本以外のすべての国でMovable Typeを上回っている。北米はもちろん,とりわけシンガポールやマレーシアといったアジア圏,ノルウェーなどの北欧で高い関心を集めているようだ(写真1)。

写真1●Google TrendsではWordPressが優勢   写真1●Google TrendsではWordPressが優勢
検索語の傾向を調べられるGoogle Trendsで比較してみた。Movable Typeは赤い線,WordPressは青い線で示している。上のグラフは全世界における検索トレンド。下のグラフは国/地域/言語別のトレンド。
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魅力は「GPL」「ダイナミック」「テーマ」

 WordPressは,オープンソースのスクリプト言語PHPとデータベースMySQLで開発したブログ構築ソフトウエアである。WordPress.orgに掲載の開発者ブログ記事によれば,2007年1月にリリースした「WordPress 2.1」は140万回ダウンロードされたという。同社はこの2.1版から開発サイクルの方針を変更しており,今後は1年に数回,ほぼ4カ月に1度のペースで新版をリリースしていく予定。この5月にもさっそく「2.2版」を公開するなど,精力的に活動している(関連記事)。

 WordPressの特徴には,「インストールの容易さ」や「テーマファイルによる容易なページ・デザイン」などがある。「インストールはわずか5分」というのが売り文句で,新版へのアップグレードも短時間で済むという。入手できるテーマの数は数千。クオリティの高いものが多いと評判がよい。また「PHPによるページ生成」もWordPressの大きな特徴となっている。データベースとテンプレートの情報をもとにページをダイナミック(動的)に生成する。これにより投稿時に逐一再構築する(スタティックなページを書き出す)処理がなく,動作は軽快である。

 WordPressは,GNU General Public License(GPL)のもと提供されており,改変/再配布が自由に行える。このライセンス形態と前述の特徴がうけているようで,今,多くの開発者によってWordPressのコミュニティが形成されているという。サードパーティが機能拡張のプラグインを開発したり,広告入りのテーマファイルを作って販売する人がいたりと,世界中でWordPress関連のさまざまなビジネスが生まれている。

オンライン・サービスも無償で提供

 WordPressは,誰でもWebサイト「WordPress.org」からダウンロードでき,無償で利用できる。日本ではWordPress Japanがインタフェースを日本語化した多言語対応版「WordPress ME(Multilingual Edition)」を公開している(写真2)。

写真2●WordPressの管理画面
写真2●WordPressの管理画面
インタフェースを日本語化した多言語対応版「WordPress ME」を利用してみた。
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 WordPressはサーバーにインストールしてブログ環境を構築/管理するためのソフトウエアである。サーバーは自分で用意してもよいし,米Go Daddyのような,ホスティング・サービスを利用してもよい。米Yahoo!の「Yahoo! Web Hosting」では,最新版の自動アップデート機能,コメント/トラックバック・スパムを阻止するサービス「Akismet」を無償で提供している(関連記事)。

 なお,WordPressと混同されるものに「WordPress.com」がある。こちらはサーバー・インストール型ソフトではなく,ブログのオンライン・サービスとなる。WordPressとともに開発された,大規模ブログ構築/管理ソフト「WordPress MU(Multi-User)」を利用し,Automatticが運営,全世界のユーザーに無償で提供している。ただしこちらもWordPressであることに変わりはなく,使い勝手やインタフェースはほぼ同じである。特段凝ったカスタマイズを必要としない人や,まずはお試しで利用してみたいという人にはこのオンライン版がうってつけだろう。米GoogleのBloggerといった他社サービスから記事を取り込む移行機能も用意されているので,すぐにでもこれまで通りのサイトが作れる(写真3)。

写真3●オンライン版の「WordPress.com」
写真3●オンライン版の「WordPress.com」
GoogleのBloggerから過去の記事を一気に取り込んでみた。
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エンタープライズ分野に進出

 個人利用が進む一方,エンタープライズ用途での適用も始まっている。自社のドメインを使ってブログを構築したいという場合はWordPress,複数のブログから成る参加型のブログ・サービスを始めたいという場合はWordPress MUを使うことになる。ちなみにこのMU版も無償で利用できる。導入事例として有名なものには,「New York Times(walkthrough.nytimes.com)」「Wall Street Journal(blogs.wsj.com/law)」「Reuters(blogs.reuters.com)」「Le Monde(lemonde.fr/blogs)」といったメディア企業のブログ,NASA(center.arc.nasa.gov)」「Harvard大学(blogs.law.harvard.edu/home)」「MIT(news-libraries.mit.edu/blog)」などの政府/教育機関のブログがある。このうちHarvard大とLe Monde紙のブログはMU版で構築されている。

 こうしてみると,WordPressはさまざまな用途で利用されているのが分かる。ここ最近は「KnowNow WordPress Enterprise Edition」といったサードパーティ製の企業向けソリューションも登場した。WordPressはエンタープライズ分野でも使えるツールと認識されたようだ。WordPressと連携する顧客向けマーケティング・ツールや,社内の協調作業環境を実現するソリューションなど,今後,同ソフトを中心とするさまざまな製品が登場してくるのだろう。

設立者は弱冠23歳,"Webの世界で16番目に重要な人物"

 WordPressの共同開発者であり共同設立者のMatt Mullenweg氏は弱冠23歳の青年であるがPC WORLDの「Webで最も重要な50人」の16番目に選ばれるなど,今,大変注目されている人物である(ちなみにLinden LabのPhilip Rosedale CEOは17番目)。

 WordPressの初版は,Mullenweg氏が19歳の2003年にリリースされた。同氏は2004年に米CNET Networksに籍を置き,WordPressやブログ関連の仕事をするが,2005年にはWordPressの活動に専念するといって同社を辞めている。同氏は2005年12月にAutomatticを立ち上げ,現在は同社で,WordPress.org,WordPress.comのほか,Akismetや,掲示板/フォーラム構築ソフトの「bbPress」,各種プラグインの開発といった事業を展開している。同社の製品は「常にオープンソース」が基本という。何かを販売するのが目的ではなく,むしろムーブメントとしての活動が同社の目的なのだという(Mullenweg氏のブログ記事Folksonomy.orgに掲載のインタビュー記事)。

 こうした活動方針に賛同する人々が世界中にいるのだろう。海外メディアの報道などをみていると,同社を取り巻くコミュニティが日々大きくなっているような気がする。

 Six Apartは,Movable Typeの個人向け/商用向けの各種ライセンスや,ブログ・ホスティング・サービス「TypePad」,オンライン・サービスの「Vox」「LiveJournal」を提供しており,さまざまな顧客ニーズに応えている。Automatticの場合は,開発者コミュニティやサードパーティの賛同/協力のもと,すそ野の広い企業に成長し,今後はあらゆる分野で「定番」となっていくのではないだろうか。これからが大いに楽しみな企業である。


小久保 重信(こくぼ しげのぶ) ニューズフロント社長
1961年生まれ。98年よりBizTech, BizIT,IT Proの「USニュースフラッシュ」記事を執筆。2000年,有限会社ビットアークを共同設立し,「日経MAC」などに寄稿。2001年,株式会社ニューズフロントを設立。「ニュースの収集から記事執筆・編集など,IT専門記者・翻訳者の能力を生かした一貫した制作業務」を専門とする。共同著書に「ファイルメーカーPro 職人のTips 100」(日経BP社,2000年)がある。