プロジェクトの開始から完了までに必要な作業をすべて洗い出し,それらを順序付けたものがマスター・スケジュール。どの作業が最もクリティカルで,どの作業が枝葉か。これが明確になったマスター・スケジュールが作成できれば,プロジェクトは成功に近づいたといっても過言ではない。

布川 薫/日本IBM

 前回説明した工数見積もりとリスク査定が終わると,いよいよプロジェクトのマスター・スケジュールの作成に入る。

 マスター・スケジュールとは,プロジェクトの開始から完了までを見通した「基本計画」のことだ。以降に作成するすべての作業スケジュールの基準となるだけに,プロジェクトのリスクや要員のスキルなどを加味して,十分に実行可能なものにする必要がある。プロジェクトに必要な作業を見通せるのはプロジェクト・マネジャーだけなので,マスター・スケジュールは必ずプロジェクト・マネジャー自身の手で作成しなければならない。

スケジュールの表記法

 一般に,スケジュールの表記法としては,「アロー・ダイヤグラム(PERT図)」(キーワード解説参照),「プレシデンス・ダイヤグラム」,「バー・チャート」などがある(図1)。

図1●スケジュールの3つの表記法
図1●スケジュールの3つの表記法
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 このうちアロー・ダイヤグラムは,作業をアロー(矢印),各作業の開始点と終了点をノード(丸印)で表すもので,AOA(アクティビティ・オン・アロー)とも言う。プレシデンス・ダイヤグラムはその逆に,箱型のノードで作業を表しアローで作業間の順序関係を示す表記法で,AON(アクティビティ・オン・ノード)と呼ぶ。この2つは,作業間の関係を網の目のように表現するために「ネットワーク図」と総称する。

 一方バー・チャートは,横軸に時間の流れを,縦軸に作業項目を並べ,個々の作業の長さを時間軸に位置付けて表現するものだ。

 プロジェクトのマスター・スケジュールの作成に適しているのは,ネットワーク図である。中でも,アロー・ダイヤグラムが最も適している。同じネットワーク図のプレシデンス・ダイヤグラムを使ってもよいが,大規模なシステムの場合に箱が多くなりすぎて図が複雑になってしまうのが難点だ。また,バー・チャートはチーム・メンバーの詳細な作業スケジュールの作成には適するが,作業間の関連が表現できない欠点があるため,マスター・スケジュールの作成には適さない。日本IBMでもマスター・スケジュールの作成にはアロー・ダイヤグラムを使用している。

 マスター・スケジュールにアロー・ダイヤグラムを使用することで,「プロジェクトの本筋となる作業経路」が明確になるので,「どれがクリティカル・パスか」が分かりやすくなる。ある作業が遅れた場合に影響がでる作業はどれかといった「作業の前後関係」も簡潔に整理できる。スケジュールの妥当性を論理的に表現できるので,プロジェクト関係者全員の「プロジェクトの成功」という共通目標へ向けた合意も得やすくなる。

悪いマスター・スケジュール

 具体的なマスター・スケジュールの作成方法に入る前に,悪いマスター・スケジュールの例を紹介しよう。図2は,1990年代初めの大規模システム開発のマスター・スケジュールをバー・チャートで記述した実例だ。

図2●好ましくないマスター・スケジュールの記述例
図2●好ましくないマスター・スケジュールの記述例
フェーズ間がオーバーラップしているのが致命的。作業間の依存関係も分からない
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 このマスター・スケジュールでは,まずフェーズ間が大きくオーバーラップしている点が目に付く。これは,前のフェーズの完了を確認しないまま次のフェーズを始めることを意味し,開発工程におけるフェーズ化の方法(第2回参照)や,品質管理計画における欠陥除去工程の考え方(第3回参照)に最初から違反している。

 加えて,スケジュールをバー・チャートで記述しているため,サブシステム間をまたがる作業間の依存関係や順序関係も明確ではない。このままだと各サブシステムの開発は,他の開発チームとの連携が不十分なまま勝手に進められ,プロジェクトの中盤・後半に入ってから相互の不整合や足の引っ張り合いといった大混乱をきたす可能性がある。

 案の定,このプロジェクトは途中でスケジュールの大幅な見直しが入り,当初予定に対して半年以上の稼働遅れが生じた。