筆者紹介 大橋直人(おおはし・なおと)
パスコ 東日本事業部事業推進室

自治体の都市計画・総合振興計画等の策定支援を担当の後、GISを活用した自治体経営ソリューションに従事。ASPICジャパン「災害時ICT基盤研究会」メンバー。

 これまでのコラムで、ICTが災害時の自治体にとって有効に活用し得るツールであることがご理解いただけたと思う。

 しかし、被災という非日常に直面した際にも有効に機能しなければ、どのように優れた情報システムも無用の長物と化してしまう。様々な自治体で、防災訓練と併せて情報システムの運用テストが行われるようになったのは、まさにこれを懸念しての取り組みであろう。

 今回は、災害時に情報システムが有効に機能しうる環境を醸成するために、「日常の業務システムを災害時にも活用すること」あるいは「自治体の日常業務に災害情報システムを取り入れること」を提言したい。

情報システムの活用には習熟が必要

 あなたは久しぶりに出かけたキャンプ場で、なかなか炭火が熾せなかった経験はないだろうか?慣れないマニュアル車でエンストを繰り返したことはなかっただろうか?バーベキューコンロや車に限らず、どのような物であっても、それを有効に活用するには、(多少の差こそあれ)運用する人間の習熟が求められる。

 高機能なシステムであればこそ、また非日常の災害時だからこそ、ユーザーの習熟なくして、情報システムが真価を発揮することは期待できない。

 そうした観点から、昨今はシステム運用を含めた防災訓練の必要性がささやかれている。

 いくつかの自治体では、既に防災訓練に併せて情報システムの運用テストが行われるようになったが、情報システムの不備をチェックするとともに、ユーザーの習熟を図る面でも、その効果は大きいと考えられる。

日常と非日常を両睨みしたシステムの有用性

 もう少しだけ、キャンプ場の例えに付き合っていただきたい。

 もしも「家庭でも炭火で煮炊きし、炭火の扱いに習熟しておく」ないしは「キャンプ場にカセットコンロを持ち込む」とすれば、あなたはストレスを感じる事なくバーベキューを楽しめるのではないだろうか?

 同様に自治体の情報システムにおいても、日常業務に用いる情報システムが、災害時には災害用情報システムとして機能するとしたらどうだろう?

 一例として統合型GISの活用について説明しよう。統合型GISという「装置」の整備は、各部門における地図整備の重複投資を効率化する一方で、部門間で共有の基盤地図を持ったことにより、部門間の情報共有・相互利用が促進される。災害対策面では、避難場所の適正管理という行政施策が高度化した。

 統合型GISを活用すれば、避難場所の配置・収容・備蓄に関する計画の「立案」、建築物の堅牢化促進や緊急物資等の備蓄事業等の「運用」、事業の進捗状況の「確認・評価」、問題点・課題点の分析に基づく「是正」といった面での幅広い活用が期待されるとともに、災害時には避難所の収容者や支援物資の管理等の避難所の運営支援にも活用し得る。

 具体的には、防災担当部門の管理する「避難場所情報」と、道路管理担当部門の有する「道路ネットワーク情報」を重ねる事により、各避難場所への避難圏域や避難場所の不足地区が、実際の市街地に即して簡単に求められるようになった。

 さらに、建築担当部門の管理する「建物構造情報」や、住民担当部門の管理する「人口情報」、福祉担当部門の管理する「要支援者情報」等を重ねることにより、各避難所への流入が想定される避難者数や要介護者数、それらに対応する救援物資・医薬品の配分を想定し、備蓄に反映させる事も可能となる。

■図1 統合GISの活用イメージ
日常的業務システムを災害時にも活用(例)

 これらの作業は、複数の部門が情報を持ち寄り、紙地図上にピンを刺しながら検討する事で従来から可能であったが、刻々と変化する人口統計や施設整備状況を反映させることは、ほぼ不可能であった。

日常的業務の高度化への対応

 このように、自治体の日常的業務の高度化への積極的な対応を図ることにより、災害時にも活用し得る情報システムが構築できるのである。統合型GIS以外でも、例えば以下のような情報システムの活用も考えられる。

  • 作業報告をする携帯電話のシステムが、災害時には安否確認や緊急呼集システムとして機能する。
  • 不法投棄等の通報システムが、災害時には情報収集を担うシステムとして機能する。
  • 公園緑地の配置を検討するシステムや、公共施設の予約システムが、災害時には避難所の運営支援システムとして機能する。
  • 介護保険の運用を支援するシステムが、災害時には災害弱者の管理システムとして機能する。
  • 道路工事を管理するシステムが、災害時にはライフラインの被害状況をまとめあげ、復旧を支援するシステムとして機能する。

■表1 日常的業務システムを災害時にも活用(例)
統合GISの活用イメージ

 自治体における災害情報システムの構築・導入にあたっては、被災時にのみ活躍する事を前提とした、いわば保険的なシステム構築・導入ではなく、日常的な業務に十分に活用し得るシステムを選択することが、コスト面のみならず災害時の運用面においても望ましいといえよう。

システムベンダーの課題

 阪神淡路大震災、新潟県中越地震、能登半島地震等の経験を通じて、災害対策の必要性は広く国民に認識されており、自治体においても災害対策の機運は高まっている。

 我々システムベンダーには、災害時に有効に運用される情報システムを安定的に提供する事はもとより、日常的な行政業務を支援し、被災前の防災計画の立案から被災後の復旧支援までを視野に入れた、総合的な災害ソリューションの提言・提供が必要と考える。

 そのためにも、システムベンダーの有するソリューションと、市民・自治体の抱える不安を相互に共有しながら、より良い社会のあり方や有効な情報システムのあり方について、多くの意見を交換していく必要があると考える。