岩井 孝夫
佐藤 三智子

 真のキーマンを情報化プロジェクトに巻き込むためには,その担当者が会社にとって大事なキーマンで,担当者が培ってきたノウハウを最も良い形でシステムに反映するために中心メンバーとして協力してほしい,といった誘導の仕方が必要だ。逆にキーマンに疎外感を抱かせたり,情報システムの導入によってその人の仕事が不必要となるような印象を与えてはならない。

真のキーマンの壁 (3)
「事務の神様」が頑強に抵抗

 中堅建設業C社の管理部門には部長以下8名のスタッフがいる。その中に定年後も嘱託として働いている超ベテランがいる。彼は定年前も管理部門で約30年間も勤務した経験がある。管理部門のあらゆる事務の手続きをそらんじており,現場では「事務の神様」と呼ばれている。部長も課長も事務に関しては,このベテランに任せきりで全面的に信頼している。実際,他の人がとても追いつけないほどの事務処理能力を持っているため,だれもこのベテランに口出しできない状態である。

 とはいえ,部長はこのベテランについて問題意識も持っていた。いくら速いといっても彼の事務処理はすべて手作業であり,このベテランの業務知識を共有している部員は皆無だったからである。

 そんな折,全社の業務を連動して処理できる新システムを構築しようという話が起こった。不況でC社の業績は下降気味であり,業務の効率化と業務から得られる情報の戦略活用が急務となった。そのために受注から竣工までビジネス・プロセスを改革するとともに,納期の短縮を支援できる新システムを構築しようとした。

 コンピュータ・メーカーから派遣されたSEがC社の各部門の業務内容をヒアリングしていった。管理部門では「事務の神様」がメーカーのSEに応対した。ところが,ここで「事務の神様」の頑強な抵抗にあってしまった。

 超ベテランはメーカーのSEにこう反論した。「自分はさまざまな建設機械とそれを操作する社員の性格まで頭に入れて事務を管理している。あなたが言う新しい管理手法は画一的すぎる。業務をいくつかのステップに分けて処置するというが,これでは時間がかかり,質も悪くなる」。

 確かに新システムに切り替えた場合,事務管理のレベルを今の神様の水準にまで上げるには,社員が新システムに相当習熟しなければ無理である。だが,業務をいくつかのステップに分けることで並行作業もできる。なによりも業務のやり方を共有できるので,だれが担当しても業務に支障をきたさないようにできる。

 管理部長は超ベテランの長年の貢献を考えると,「あなたがいなくなったときの備えです」などとは到底言えない。いったい,どうやって説得したものかと苦慮している。