岩井 孝夫
佐藤 三智子

稼働後のヘルプの壁 (3)
専門家が突然退社

 C社は社員200名の広告代理店で,チラシや社内報などの企画からレイアウト・印刷まで請負う仕事をしている。2年前にC社は事務関連の業務については, Windowsを搭載したパソコンを標準機にすることを決めた。LANを構築して情報共有を図り,顧客へタイムリに情報を提供するとともに会計処理の迅速化を図る計画だった。

 当時,ネットワークの構築に奔走したのは,パソコンに詳しい男性社員であった。この社員がOSの選定,サーバーやクライアント機,パッケージの選定に至るすべてを担当していた。ところが,ハードが入荷し,ソフトのインストールがやっと終わった時に,この担当者が家庭の事情で急にC社を退職することになってしまった。

 彼のほかにはコンピュータに詳しい者などだれもいなかったので,とりあえず総務の女性に引き継いだ。引継ぎの時間もほとんどなく,旧担当者が約半日間,状況を後任の女性に説明しただけだった。急きょ担当になった女性社員はCPUとかクライアント/サーバー(C/S)という言葉の意味すらよく分からず,半日聞いただけの説明のうち10%も理解できなかった。

 とりあえずLANを引いてあったものの,電子メールを使うためのシステム設定のやり方もまったく分からない。情報の伝達を速めるなどという,お題目はすっかり二の次になった。使い始めて1カ月もたたないうちにサーバーがダウンした。原因が分かるわけもなく,メーカーの故障相談室へ直接電話をして状況を説明。なんだかんだと言って,C社まで来るのを拒んだメーカーの担当者をなんとか呼び寄せて見てもらったところ,ハードディスクの交換となった。

 サーバーに入れておいた情報共有のためのファイルは壊れてしまい,社員からは「そんなすぐに壊れるようでは恐くてサーバーにデータを置いておけない」と,自分のパソコンにデータを保管するようになってしまった。

 とにかく高額のリース料がかかる新しいパソコン・ネットワークを使いこなさなければならない。担当の女性社員は本来の自分の仕事はほとんどできず,なんとか動かすために,システムにかかりきりになってしまった。

ヘルプには技が必要

 ユーザーを「ヘルプ」するには,技が必要である。そのシステムの機能をすべて書いたマニュアルを準備しても,「何が分からないのか」が分かっていないユーザーにはなんの役にも立たない。パソコンの操作の研修会を何回開いても,ユーザーが実際の業務とパソコンとの関連が理解できなければ,これまた実務に役立たない。良いシステムを作れば作るほど,その良さをユーザーに実感させる工夫がいるのである。

 A社は商社の要請したシステムに合わせようとするあまり,社員の情報システムの習熟レベルを考慮せず,新システムを開発したために,混乱を招いた。

 その後,A社はメーカーからコンサルタント活動をしている上級SEを派遣してもらい,新しい情報システムと業務のかかわりを部署ごとに説明してもらった。

 併せて,新システムに関する不安な点を各部署から思いつく限り挙げてもらい,疑問とそれに対する回答をパンフレットにまとめて社員全員に配布した。社長からも商社側に依頼して,新システムを稼働させる時期を半年遅らせてもらった。半年後はどうにか良いスタートが切れそうである。