岩井 孝夫
佐藤 三智子

 情報システムの稼働後にユーザーを支援する「ヘルプ体制」の確立が,新システムの利用度合いを高めるカギである。にもかかわらず,ヘルプ体制を事前に作っておくことは,しばしば見落とされる。マニュアルを作っておくにせよ,教育や研修をするにせよ,ヘルプ体制の整備にあたっては,ユーザーの気質やコンピュータ利用の集熟度を勘案し,問題が起こりそうな点をあらかじめ想定してかかるべきである。

 技術者ではないユーザーは,コンピュータの中で何が行われているかなど,自分が理解できる話ではないと思っている。彼らはコンピュータを「入力すれば結果が出てくるもの」として捉えている。どんなにパソコンが手軽になり,操作が簡単になったとしても,ユーザーは永遠にこうである。

 しかし,こんなユーザーだからこそ,ちょっとしたことに大いに感激する。今までできなかった表が簡単に作成できるというだけで,積極的にパソコンを使い出すし,電子メールも便利だと思えば毎日まめにチェックする。

 ユーザーをその気にさせるには,システムを企画・構築した推進者が,システムが稼働した後に,「的を得たヘルプ」をユーザーに提供する必要がある。しかし,「稼働後のヘルプ」は意外に見落とされがちなのである。

稼働後のヘルプの壁 (1)
大量の質問をさばけず

 織物メーカーのA社は,取引先の大手商社と何十年来,伝票と電話やFAXを使って連絡を取り合ってきた。しかし,ここ数年,商社側から再三にわたって,「オンラインで情報をやり取りしたい」という要請がA社に寄せられていた。A社の取扱量が増加したのに伴い,A社と商社の間でやり取りされる伝票や指示書も増えたからである。

 A社の社長は今後とも商社とのつながりを強化し,他の事業分野にも業容を拡大するために,情報システムを整備する時期であると考え,オンライン化を実施する決断をした。

 ところが,A社には情報システム部門はおろか,コンピュータの専任要員もいない。今までは売り上げの集計や経理処理は市販パッケージを使ってパソコンでこなしていた。そこで社長は陣頭指揮に立つことにし,営業部の部長を補佐につけて商社と話合いを始めた。商社から推薦されたコンピュータ ・メーカーと契約し,システム化すべき内容を詰めていった。

 商社が要求するオンライン化を実現するためには,A社の業務内容をかなり変更する必要があったので,A社の社長は現場の責任者をそのつど一人ずつ呼び出して,システム導入に伴う業務の変化を納得させた。この時にはどの現場責任者からも大きな異論は出なかった。

 実際のシステムはもっぱらコンピュータ・メーカーが開発し,テストには社長をはじめ現場責任者が立ち会った。商社と約束した運用開始の時期が迫っていたため,総合テストが完了したら,ほとんど間をおかずに本番を開始する予定だった。

 しかし,A社で実際の受発注処理や在庫管理に従事している人たちは,コンピュータに触れた経験がほとんどなかった。このまま本番に突入すると,システムの操作に不慣れであることから,業務が混乱する危険がある,と現場責任者から指摘が出た。

 A社の社長は,現在の開発予算内で操作方法も指導してくれないかとメーカーの担当者に依頼した。これを受けて,メーカー側は本番前に各部門の担当者に1人1回ずつ,新システムの使い方を説明した。

 実際に本番運用が始まってみると,各部署で大混乱が起こった。業務の手順が以前と変わった上に,1度教育したくらいでは,新システムの使い方を覚えられなかったからである。システムを開発したメーカーは,保守要員として3カ月の期限付きで,SEを1人だけ残していた。A社の社員は一斉にこのSEに問い合わせをしてくるが,たった1人ではとても手がまわらない上に,業務に関する質問にうまく答えられなかった。

 それでもこのSE以外にシステムについて答えられる人間はいなかったので,手探り状態のままシステムを動かすはめになってしまった。特に受発注処理は緊急性が高く,いちいちSEに聞きながら操作するわけにはいかず,結局は手慣れた旧来の手作業に戻ってしまった。