ウェブの正式名称は「ワールド・ワイド・ウェブ」である。直訳すれば「世界的なクモの巣」ということになる。全世界に張り巡らされたネットワークをクモの巣に例えているわけだが、日本に住んでいるとついついウェブが世界的なネットワークであるということを忘れてしまうことがある。

 なぜなら日本語という壁に守られている(逆説的に言えば、外国語という壁が立ちはだかっている)ため、インターネットに接続していても、あえて世界に飛び出すことを踏みとどまってしまうからだ。

 それにYahoo!やGoogle、Amazonのように世界的に知られたサービスであれば、幸いなことに日本語版サイトが用意されているし、日本語にローカライズされていないSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の「MySpace」やSBM(ソーシャル・ブックマーク)の「del.icio.us」があったとしても、すでにSNSなら「mixi」、SBMなら「はてなブックマーク」という具合に、国内企業が類似サービスを提供しているため、そちらを使えば事足りてしまう。

 また、消費者の観点から言えば、ネット通販を利用するにしても、よく知らない海外サイトから購入するとなると、商品自体は安くても送料が高い、セキュリティに不安を感じる、外国語でオーダーするのも手間がかかる、トラブルがあっても苦情を申し出るのが大変といった問題が立ちふさがっている。

 そのため、消費者もできる限り国内の企業から商品を購入しようとするし、そもそも国内の企業側の意識として、想定している顧客自体が「日本人」を相手にしたものである場合が多い。

 しかし、ここであえて筆者は警鐘を鳴らしてみたい。もしかしたら、そんな状況が一変する時代がくるかもしれないと。

 例えば、最近注目を集めるGoogleの企業ミッションは「世界中の情報を体系化し、アクセス可能で有益なものにすること」だ。ここでGoogleが体系化しようとしている情報が特定地域の情報ではなく「世界中の情報」であること、そして「情報を体系化する」ことを最終目標とせず、「(世界中の誰もが)アクセス可能で有益なものにすること」であるという点に注目して欲しい。

 事実、2005年11月に都内で開催されたカンファレンスにおいて、米GoogleのインターナショナルプロダクトマネージャーAngela T. Lee氏は「言語の壁をなくしたい」と語り、Googleが翻訳機能の強化に本腰を入れて取り組んでいることを明らかにしている。

 もしGoogleが取り組む翻訳機能(※)が実際に高い水準で実用化レベルにまで漕ぎ着けたら、はたして日本語という壁に守られている国内のウェブサイトはいったいどうなってしまうのだろうか。

 ここで、「翻訳というのはそんなに簡単なものじゃない。いかにGoogleと言えどもそんなことは無理だ」という意見や「外国のサイトが日本語で読めるようになっても、ユーザーは慣れ親しんだ日本のサイトを選ぶだろう」という意見もおそらくあることだろう。

 しかし、Googleはこれまでにも誰もが無理だと思っていたことを、やってのけてきた企業だ。そのうえ、これまでのウェブの進化を見ていると、もしGoogle以外の企業が明日高水準の翻訳サービス開始しても決して驚くべきことではない。また、「YouTube」という日本語化されていない動画共有サービスが国内のサービスと互角以上の戦いをしていることからも、もはやユーザーを引き止める拠り所は必ずしも日本企業のサイトというところに求めるわけにはいかないのではないだろうか。

 最近ベストセラーとなった『フラット化する世界』(日本経済新聞社刊)という本のなかで、著者であり『New York Times』のコラムニストでもあるThomas L. Friedman氏は、米国企業の仕事がインドへアウトソーシングされている現状を描いた。そして、ウェブによって世界がフラット化されつつある現状を論じている。

 そうした意味では、Googleはかつて企業サイトも個人サイトもフラットに評価する検索アルゴリズムを作り出した。そして、今後新たなサービスによって、世界をボーダレスでフラットな世界にすることを目指しているとしても不思議ではない。そこでは個人であろうが企業であろうが、検索結果の上位表示も全世界を相手にしなければならないわけだし、思いがけない国のサイトが世界的な人気サイトになるかもしれない。

 脅すわけではないが、今の日本企業のウェブ戦略は無意識のうちに「国内においては」、「日本語のサイトでは」といった狭い視野に陥る傾向が強いように見受けられる。しかし、本来ウェブがワールド・ワイド・ウェブである以上、可能性として世界を見つめないわけにはいかないだろう。

 そうすることが、結局は今後驚くような出来事が起きても、想定内のシナリオとして受け止め、対応する力になるはずだ。そして、ウェブが本当の意味でのワールド・ワイド・ウェブに変化を遂げた時に、もしかしたら国内の小さな企業がそれをキッカケとして、まるで草創期のYahoo!やGoogle、Amazonのように世界へ大きくはばたくことになるのかもしれない。

 ※ すでにGoogleは翻訳サービスとして「言語ツール」を公開しているが、まだまだ実用化レベルには程遠い印象を受ける。しかし今後翻訳レベルが向上すれば、個々のユーザーの設定ごとにGoogle経由で訪れる外国語サイトをすべて日本語に翻訳して表示するような機能が付加されるかもしれない

(執筆:R&Dグループ 市川伸一)






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