岩井 孝夫
佐藤 三智子

 標準の業務処理手順の確立,開発コストの低減,開発期間の短縮など,ERPパッケージ(統合業務パッケージ)のメリットは大きい。このメリットを享受するためには,システム化の目的を明確にし,その目的にERPパッケージが最適かどうかを検討する必要がある。業務改革を狙う場合は,経営トップが現場の社員に導入理由を説明し,理解を得ることが肝要だ。「はじめに手段ありき」でパッケージに飛びつくことは,“失敗の早道”である。

 ここ数年,基幹系システムを巡る動向で,最も話題になったのは,ERPパッケージ(統合業務パッケージ)ではないだろうか。ERPパッケージ・ベンダー各社は「ERPパッケージの導入が業務改革の決め手。大企業のみならず,中堅企業でも大きな効果がある」と宣伝してきた。しかし,実際には企業規模を問わず,ERPパッケージにまつわる混乱があちこちで起こっている。

ERPの壁 (1)
トップの決断に現場が猛反発

 「パッケージ・ソフトを導入するには,業務のやり方を全面的に変更して,パッケージに合わせなければ意味がない」。製造業のA社で生産・物流・購買など現場部門の幹部を交えた3度目の会議が開かれている。現社長の息子であり,次期社長を約束されている専務は前回までの会議と同様に,「業務を変えろ」と主張し,一向にゆずる気配がない。

 A社の情報化は,10年以上前に構築した財務会計システムから始まった。現在までに,生産管理・在庫管理・物流管理・販売管理など大半の業務をシステム化した。ところが,西暦2000年問題に端を発し,システムを巡る大激論が専務と現場幹部の間で発生した。

 コンピュータ・メーカーの提案によると,2000年問題へ対処するだけで,2億円弱もかかるという。このためA社はどのみち巨額の費用がかかるのだから,一挙に全システムを再構築する方向で検討することにした。ほとんどの幹部は情報システムに関して素人であったので,次期社長である専務をリーダーにした委員会で計画を詰めてから,幹部会に諮ることにした。

 専務はシステム再構築を機に,会社の古い体質と旧弊を廃して,効率的な業務処理の仕組みを確立したいと考えた。昨今話題になっている,ERPパッケージを導入しようと,電算部長に命じてERPベンダー数社から提案を出させた。

 生産管理の工程がA社と比較的似ているERPパッケージがあったので,それを導入することにし,幹部会に提案した。幹部会では,パッケージの概要,想定しているビジネス・プロセス,標準的な業務処理の流れ,コード体系などを説明した。ところが,現場の部長たちから,「業務処理を変更したくない」という反対意見が噴出,「どうしても導入するなら,大幅にカスタマイズしてほしい」という要求が出された。

 専務は「カスタマイズが多くなると費用や導入期間,将来の保守,いずれの面でも不利になる」として,カスタマイズは最小限にとどめるべきと強硬に主張した。だが,現場は「慣れ親しんできた業務の仕組みをなぜ抜本的に改訂しなければならないのか分からない」,「業務処理に合わせてシステムを一から構築すればよい」と大反発である。

 社歴の長い電算部長は,専務の考えは十分にうなづけるし,一からシステムを手作りしていては,膨大な費用がかかることも理解できた。その一方で,抜本的に業務を変革した場合に果たして現場がうまく追随してくれるのかどうかも心配である。電算部長はどのような方針を打ち出すべきか,迷いに迷っている。