理系の方であれば,「Mathematica」という名前を聞いたことがある人は多いだろう。いわゆる数値解析ソフトだが,代数方程式や微分方程式を数値的あるいは記号的に解くこともできる。例えば,ある関数を数式として入力して導関数や原始関数を求められる。さらに,数値計算の結果を2次元や3次元のグラフとして簡単に表示できる。この5月にリリースされた新バージョンでは,方程式のパラメータ値などを,プログラム実行中にユーザーが動的に設定するためのGUIコンポーネントも追加された。

 筆者は昨年,Mathematicaをしばらく使ってみる機会があった。チュートリアルに従って基本的な操作方法を学習し,自分で適当な数式を入れて,結果を3次元グラフ表示させたりしてみた。スケーリングなどが自動化されていることもあり,ある意味,あっけないほど簡単に,きれいな結果が得られる便利さに感心する一方で,ちょっとした危惧も感じた。

 筆者が学生の時,とある境界条件における等電位面を求めよ,という電磁気学のレポート課題が出された。等電位面は多項式で解析的に求まるのだが,課題の最後に等電位線を図示せよ,とあった。そこで筆者は,パソコンを使って多項式の最初の10項くらいを数値的に計算して代表的な座標における電位を求め,それぞれの値に基づいて等電位線を手書きして提出した。一方,友人は,そうした数値計算はせずに,定性的な考察に基づいて等電位線を書いて提出した。見た目は,筆者の等電位線のほうがもっともらしかったのだが,友人のレポートのほうが評価は高かった。研究室の院生に「最近の若い人はだめだねえ。コンピュータで答えが出てくると,それをそのまま正しいと思ってしまう。道具は問題の本質を考えたうえで使わないと道具に使われちゃうよ」というようなことを言われたのを覚えている。

 Mathematicaは素晴らしいソフトで,研究だけでなく学生の教育にも有効であることは間違いないだろう。だが,あまり考えなくても,それなりの結果が非常にきれいな見た目で得られてしまうので,その時点で思考が止まってしまう学生もいるのではないか。それが筆者が感じたちょっとした危惧の正体であった。もっとも,それは杞憂に過ぎないのかもしれない。というのは,例えばMathematicaを使えば,筆者のころとは比べものにならないくらい簡単に,正確で,見た目がきれいな結果を得ることができる。そのくらいまで簡単になってしまえば,その結果を出発点にして考えることが,むしろ自然になってくるのではないかとも思えるからである。Wikipediaを丸写ししてレポートを作成する学生が問題になっている現実を考えると,楽観的すぎるかもしれないが。