岩井 孝夫
佐藤 三智子

 社員一人に1台のパソコンがある環境が現実になり,「情報共有」とか「グループウエアの活用」が取りざたされている。しかし大量導入されたパソコンが本当に使いこなされているかというと疑問である。情報共有プロジェクトの具体的な計画を作り,情報共有の社内ルールを確立すべきだ。とりわけ管理職に情報共有を率先垂範させることがカギとなる。社員一人ひとりにパソコンを持たせれば直ちに生産性が向上すると思うのは錯覚である。

 ネットワークを張って,社員一人ひとりにパソコンを配布した。グループウエア・ソフトも導入し,使い方も伝授した。後は自然発生的に情報伝達やデータの再利用が進み,情報の共有化が実現する。こう考えるのは,あまりにも早計である。情報共有について社員が自覚するとともに,情報共有を促す社内体制・ルールが確立した時に,グループウエアの本当の威力が発揮され,業務の生産性を向上でき,ひいては共同作業による真の競争力が生まれてくる。

情報共有の壁 (1)
一人1台のパソコンを使いこなせず

 金属加工業のA社では,「社内の情報化をもっと推進しろ」という社長の鶴の一声で情報化推進プロジェクトが編成された。リーダーは情報システムの担当も兼ねている企画部長である。討議を重ねた末,企画部長は企画書をまとめあげ,社長の承認も取り付けた。

 企画書の内容は,「管理職と事務職社員の全員にパソコンを配布,社内ネットワークを張って情報を迅速に伝達できるようにする。パソコンにはワープロ,表計算,インターネット接続ソフトを搭載。電子メールや各種ソフトを活用して業務の作業効率と個々人の生産性をともに向上させる」という意欲的なものだった。

 事務経費の一時支出としては異例の予算額となったので,情報化をなんとしても成功させるために,パソコンを配布した各部署ごとにパソコン担当者を任命。パソコン・メーカーからインストラクタを派遣してもらって,パソコン担当者に電子メールや各種オフィス・ソフトの使い方の研修を受けさせた。パソコン担当者も新しいパソコンに興味を示し,一人1台体制への移行はスムーズに進んだ。

 ところが,パソコンが配布されて約半年が経過し,社長から「情報化の進展具合はどうか」と聞かれた企画部長は社内の実情を調査してがく然とした。最新のパソコンを渡し研修まで受けさせたのに,実際に使用しているのは電子メールと若干のワープロ,表計算だけ。業務処理については,各自が補助ファイルをバラバラに持ち,データの使いまわし/情報の共有化などまったくできない状態だった。

 しかも部署によってはいまだに旧式のワープロ専用機を使っているため,新しいパソコンと文書データの互換性もない始末だった。高いコストを払っているのにほこりをかぶっているパソコンも少なくなかった。

 企画部長が実態を報告したところ,社長は「何のために高い金を出して,一人1台パソコンを持たせたのか」と怒り心頭に発した。社長は「成果を出せるように,社内情報化の取り組みを一から考え直せ」と企画部長に厳命した。

情報共有の壁 (2)
部門ごとの進展にばらつき

 住宅建材メーカーB社で経営企画室に所属する情報システム担当者は,社内の情報伝達がスムーズでないことが以前から気にかかっていた。特に,営業部門と製造部門との間で情報交換がしっくりといっていないことに重大な危機感を持っていた。例えば,顧客からの受注情報やクレーム情報が製造部門にすぐ伝わらなかったり,逆に顧客のクレーム処理にあたった品質管理部門の情報が営業部門に伝わっていないということがしばしばあった。

 営業部門,製造部門といった各部門の中だけ見ても,情報交換が不十分だった。新製品の情報提供が遅れて,他社との競争に出遅れたり,ある工場で起こした失敗を他工場でも繰り返す,といった事態が発生していた。

 そこでコンピュータ担当者は全社の情報伝達の仕組みを抜本的に改善するため,グループウエアの導入を促す企画書を作成し,トップの了承を得た。こうして全社の係長以上の役職者100人強と営業担当者全員が,グループウエアを使える環境が整った。

 単にグループウエアを入れるだけではなく,各部門ごとに担当者を任命して,どのような使い方をしたら情報の伝達状況を改善できるかについて検討させた。予算の制約もあってパソコンは潤沢に用意できず,当初は3人に1台程度の設置となったが,経営陣を含めて,情報活用・情報利用に関する教育を繰り返し実施した。自宅にパソコンを持っている人はファイアウオール経由で社内の公開データベースにアクセスできるようにもした。

 それでも,運用を開始して半年たらずでさまざまな問題が発生してきた(表参照)。このような事態を放置しておくと,情報共有の意欲が失せかねない。システム担当者はどうテコ入れしたらよいものか,と打開策を模索している。

表1 住宅建材メーカーB社の情報共有計画で発生した問題点
  • 情報を発信する人が固定化しつつある
  • 経営陣は未だに,パソコンを積極的に利用していない
  • 営業部門は不確実な情報が他部門に流れることを恐れ, 課長の承認がない情報を他部門へ流すことを禁止した(課長が自分の知らない情報が他部門に流れることを嫌ったため)
  • 個々の営業担当者はネットワークを通じて情報が社外に流出することを恐れ,重要な情報を登録することを嫌がった
  • 工場の担当者はパソコンの操作が面倒で,情報をほとんど入力していない
  • 研究部門の研究者はパソコン利用に慣れていることもあって,部門内の情報共有はスムーズに進んでいるが,他部門への情報提供には慎重である。このため,他部門から研究部門の情報をなかなか見ることができない

  • 岩井 孝夫(いわい たかお)
    1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て1989年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングや内部統制のための文書化を担当。

    佐藤 三智子(さとう みちこ)
    国際基督教大学教養学部卒。タイムライフブックス,センチュリー21・ジャパンで,企画・広告宣伝・広報・教育・研修業務に携わる。1990年,クレストコンサルティングに入社。シニアコンサルタントとして,利用部門などコンピュータの専門家ではない立場のユーザーが分かりやすい情報システムのあり方・企業内マニュアル体系整備のコンサルティングを担当。


    ※本記事は日経コンピュータに連載されたコラムを再掲したものです。連載分をまとめた書籍がクレストコンサルティングから入手可能です。