岩井 孝夫
佐藤 三智子

 我々が住む家の再構築を考えてみる。建築雑誌を買ってきて研究したり,メーカーの住宅展示場に足を運んだりして原案を作り,最終的には施工業者からの見積もりで最終決断をして,住居の再構築を決断する。その場合,一生に1回の大きな投資で積年の夢を盛り込んだ予算ギリギリの家になることが多い。

運用・維持の費用は不可欠

 しかし,いくら夢の実現だからといって,もし全室オール冷暖房完備,24時間警備システム導入などという設備を整えれば,暮らし始めてから毎日コストがかかることになる。新居で毎月支払う電気・ガス・水道代などがもし以前の倍になったら,生活費は当然圧迫される。

 しかし建築する前にそれらの維持費用がかかることを指摘して「やめておきなさい」といってくれる設計士や大工さんはなかなかいない。おかげで近代設備が完備した家に住みながら,実際には設備を使えず,古い石油ストーブを使っているといった事態が起こりかねない。

 情報システムの構築費用についても同様の問題が起きる。システム構築費として,たいていの人が思い浮かべるのは,ハードとソフト製品の購入費用,そしてシステム開発費用である。逆に言うとそれしか思い浮かべていないことが多い。

 情報システムの費用は,設備投資の中でも大規模な部類に入る。このため金額が大きく,償却の対象となる開発関連の費用は,かなり細目まで踏み込んで積算する。だが,ユーザー教育とかシステム運用費用・消耗品費用など,稼働後も継続してかかる費用は,できる限り節約しようとするし,場合によっては省略される。

 ところが,現実は表1に示すように中堅企業の例でも,一時的な構築段階の費用と,長年にわたって発生する維持・運用費用は,ほぼ拮抗している。構築段階で仮に2億円が積算されたとする。するとそのシステムを5年間程度利用した場合の維持・運用関連費用も,5年で2億円程度かかるわけだ。

表1 中堅企業における97年度年間情報システム関連費用の平均値(単位万円,通産省調べ)
項目 構築段階 運用維持 *1
ハード
4650 900 5550
ソフト
2000 600 2600
サービス
200 750 950
人件費*2
5300 5300 1億600
回線費
650 650
その他
2200 2200 4400
1億4350 1億400 2億4750
*1) 構築・維持の配分は想定で按分  *2) 外注要員費を含む
出所:我が国情報処理の現状(平成9年情報処理実態調査)。資本金100万円以上1億円未満の企業759社における96年4月~97年3月の情報関連費用を平均した

 情報システム投資を回収するといった時は,当初の開発費用だけを対象にしているわけではない。システムの寿命を5年なり7年なりと見定めて,その間に発生する,情報システム関連の全費用を対象にして,回収見通しを立てなければならない。

 すなわち現状調査・企画立案・業務改善検討・システム設計構築・マニュアル整備・教育啓蒙・運用関連・活用支援・システム保守(ハード,ソフト)などすべてが対象となる。これらを積み上げた金額と,情報化の効果を対比して,初めて回収の見通しを判断できる。

 大枠として概算ではあるが,情報システムの完成運用までに経過する大きな3段階,「企画」「構築」「運用・維持」は,それぞれが同額規模,換言すればトータル費用のそれぞれ1/3ずつを見越しておく必要がある(表2参照)

表2 情報化関連費用の分布。◎,〇,△の順に費用がかかる
項目 情報化計画 業務検討 システム構築 教育 運用開始 維持保全
人件費
○計画策定 ◎細目の検討 ◎開発・テスト ○マニュアル作成/教育実施 ◎運用操作 ○訂正検討
ソフト関連費
◎購入 △実機訓練 ◎不具合修正 ◎システム保全
ハード関連費
◎購入 △実機訓練 ○保守 ○保守

 「構築」については,コンピュータ ・メーカーやソフト・ハウスに支払う費用だけではない。自社の社員が開発に参画して,現状把握・業務改善・総合テストなどを行うわけで,この費用もみておくべきである。

 ところが,多くの場合,コンピュータ・メーカーはシステム構築に関連する直接費用だけを見積もってくる。運用を開始してから後の維持費用は「別途見積もり」とすることが多い。これでは,情報化の費用の半分しか見込んでいない。

 開発費用だけに注意を払って,なんとかシステム構築を果たしても,維持・運用費用を投入することができず,導入以来5年間にわたって,システムの変更が皆無といった極端な事例も発生する。

 B社の問題は,計画を策定した段階で開発費用だけしか計上していなかったことだ。しかも,社内要員の人件費用も算入していなかった。システム担当者は改めて,今回の情報化の総費用を5年間にわたって積算し直した。その総費用と情報化でもたらされる効果を対比した結果,とても5年間で回収は不可能という結論になった。

 B社の物流部長は,「システム計画を策定した時に,コンピュータ・メーカーのアドバイスが十分でなかった」とぐちりたい心境だったが,社長には正直に「5年間で回収は無理」と報告した。社長は「すんだことは仕方がない。ただし,これから回収を早めるための新しい施策を考えること。それから,これから毎年,システム費用の回収予定と実績のレポートを出すこと」を物流部長に厳命した。