佐藤 三智子
中堅企業が情報化を進める時にぶつかる壁の一つは,プロジェクト推進役の問題である。情報化による業務革新は社内であつれきを生む。議論が百出しているときに,推進役が優柔不断ではプロジェクトは失敗する。もう一つの壁は,途中の息切れである。専任の担当者をおけない中堅企業では,最新の情報技術をむやみに導入したり,プロジェクトの中身を吟味せずに開発期間を短縮したりすると,プロジェクトがいき詰まりかねない。
自社が抱える課題の解決に向けて情報化計画を立案し,大きな壁になりがちな経営トップの了承も取りつけた。では新システムの開発に取りかかればよいかというと,そう簡単ではない。「推進役の壁」,「途中で息切れの壁」とでもいうべき,二つの課題が立ちはだかる。情報化計画を推進する担当者の力量と,長丁場になる情報化計画を挫折せずにやりとげる根気が問われるのである。
推進役の壁 (1)
会議をうまく進められない
中堅商社のA社で,また今日も長い長い情報システムの会議が続いている。同社は1年前から販売管理システムの再構築を進めている。社長のお声がかりで始まったプロジェクトだったが,いまだに実質的なシステム開発に入れていない。当初の構想では,遅くとも98年夏までには新システムを稼働させて,新しい仕組みに基づいたさまざまな業務効率化や販売情報の提供を始めるはずだった。
毎週1回,新システムの検討会議を設けているが,いつも予定の2時間で終了せず,長いときには半日くらいかかってしまう。しかも,何か結論を出すわけでもなく,案件をあいまいなままで次回の会議に持ち越すことがほとんどである。検討会議に参加している社内の若手や開発を担当するコンピュータ・メーカーの社員も最近ではやる気をなくしている。
とうとう,検討メンバーから社長へ不満の声が上がった。社長が遅れの理由を検討チームの責任者に問いただしたところ,「会議を何回開いても,新しい業務手順の制定に手間取ってしまう。しかも突発的な議事が発生し,その対応に追われる」という回答だった。ついに社長は検討の遅れを解決すべく乗り出した。
推進役の壁 (2)
現場の猛反対を抑えられない
B 社は衣類の問屋である。コンピュータは経理業務だけに使っており,業務の大部分は伝統的な手順に基づいて,人手で処理してきた。しかし最近になって,顧客が直接来店する件数は減少し,電話やファクシミリによる注文が増えた。しかも,扱い商品が多様化し,価格の変動も激しくなり,従来のような人手による業務処理は困難になってきた。
そこでB社の社長は,人件費の削減と顧客サービスの向上を狙った本格的な情報システムを導入しようと決断した。社長室の若手でパソコンに詳しい係長に命じて,情報システム化計画を作成させた。
係長がコンピュータ・メーカーの知恵を借りながら作った計画は,現状の業務の流れを大幅に改善する意欲的なものになった。社屋内にLANを張って各種の情報伝達を速めるほか,各商品にバーコードを付けてデータ入力を容易にすることも盛り込んだ。
係長は計画書の草案を社長に説明した。この段階で大枠については納得が得られたと思っていたが,2週間ほどして社長から「この計画を中止する」という指示がくだった。
中止の理由は,B社の生え抜きである業務部門の幹部たちが,「現状を大幅に変更する新システムの計画に,現場はとてもついていけない」と大反対を唱えたことだった。社長は,現場幹部の説得は困難と判断した。