「ひかり電話がつながりにくくなり,大変ご迷惑をおかけした。改めてお詫びしたい」。NTTが2006年11月に開いた中間決算発表会は,持ち株会社,NTT東日本,NTT西日本の各社首脳が冒頭で陳謝する異例の会見となった。

 それも無理ない。9月にNTT東日本,10月にNTT西日本と立て続けに障害を起こした。全面的な不通こそ免れたものの,東西NTTともにひかり電話がつながりにくい状態が3日間続き,合計で約164万人のユーザーに影響を及ぼした。固定電話では考えられない大障害である。

 NTT西日本にいたっては,2006年の3月と4月にも障害を起こしたばかり。10月23~25日の障害が続いている間は約15万件の苦情や問い合わせが殺到した。度重なる障害に耐え切れなくなったユーザーからは「固定電話に戻してほしい」とする要望が相次いだ。約5000件の要望のうち,3000件は障害中にNTT西日本の負担で固定電話に一時的に切り替えた。

揺らぐIP電話の信頼性

 東西NTTによるひかり電話の相次ぐ障害は,IP電話自体の信頼性に波紋を投げかける結果となった。東西NTTは「顧客にきちんと説明しており,障害による販売の落ち込みはない」と強気な姿勢を見せるが,他の事業者からは「ひかり電話の障害以降,IP電話の信頼性を心配するユーザーが多くなった」という声も聞こえる。

 ここ1年を振り返ってみると,IP電話の障害は東西NTTに限ったものではない(図1)。両社だけでなく,九州通信ネットワークやケイ・オプティコムでも障害が起こっている。東西NTTとケイ・オプティコムは障害を繰り返したこともあり,「IP電話を使っても本当に大丈夫なのか」と疑念を抱くユーザーが出てきても仕方ないような状況だ。

図1●頻発するIP電話の障害
図1●頻発するIP電話の障害
過去1年間で起こったIP電話サービスの障害の例。吹き出しの内容は,障害の発生日,社名,影響範囲,復旧までの時間。  [画像のクリックで拡大表示]

 IP電話をやめ,固定電話に戻すユーザーも登場した。NTT東日本のひかり電話を利用していた板橋区役所は障害直後の9月23日,本庁の約200回線を固定電話に切り替えた。「電話は通じるのが当たり前。緊急のときに連絡できないのは困る。区民の方にご迷惑をおかけするわけにはいかない」(総務部契約管財課)というのがその理由だ。

 IP電話に対しては「今後100%問題ないというのであれば再度切り替えることも検討するが,今はそういう状況ではない。NTT東日本にはできるだけ早期の信頼性回復に努めていただきたい」とする。

「0AB~J」IP電話の功罪

 もっともIP電話の障害は今に始まったことではない。過去にもソフトバンクBBのIP電話「BBフォン」などで障害はあったが,ここまで大きな問題にはならなかった。なぜなら,これまでは050番号のIP電話が主流だったから。050番号のIP電話の場合,固定電話との併用が基本である。障害が発生しても固定電話を使えるため,ユーザーにとって大きな問題にならない。「安いのだからある程度の不便もやむを得ない」という意識がある。

 これに対してひかり電話を代表とする0AB~J番号のIP電話は,既存の電話番号をそのまま使え,緊急通報もかけられる。そのため固定電話の置き換え用途で利用されている。実際,東西NTTの光ファイバ・サービスは「ひかり電話を契約すると電話の基本料や通話料が大幅に安くなる」ことを前面に打ち出してユーザーを勧誘している。ひかり電話を契約することと固定電話の解約はセットで考えられているのである。当然,ユーザーは固定電話と同じ品質や信頼性を求める。いわゆる“ライフライン”という認識である。

 事業者にとっても0AB~JのIP電話は電話交換機を置き換えていくためのサービス。今後,各事業者は次世代ネットワーク(NGN)の構築などで電話網のIP化を進めていく。既にKDDIは2008年3月までに固定電話をIP網に置き換え,その後,携帯電話も融合していくプランを明らかにしている。NTTが掲げる「2010年度までに光3000万加入」も,固定電話のユーザーの半分をIP電話に移行させようというもの。両社にとってIP電話の信頼性向上は焦眉(しょうび)の急である。固定電話の交換機は既に新規開発をストップしており,寿命が尽きるのを待つばかり。どの通信事業者にとってもIP電話への移行は必須である。

 しかし,固定電話とIP電話ではネットワークの構成から利用する機器まで根本的に異なる。「固定電話は100年以上の歴史があり相当ノウハウを蓄積してきたが,IP電話はまだ数年。技術開発や運用の面で至らない部分がある」(NTT東日本の高部豊彦社長),「今回の障害は人知を越える範囲」(NTT西日本の森下俊三社長),「大量の音声トラフィックを従来の電話網と同等のレベルで制御できる完全な装置がまだ世の中に存在していない。その面で不安はあるが,現存する技術を最大限に活用して最善を尽くしている」(NTT持ち株会社の和田紀夫社長)と,各社首脳もIP電話が固定電話の信頼性に達していないことを認める。

固定電話置き換えへの険しい道のり

 では,どのような課題が残っているのか。最近のIP電話の障害を見ていると,二つの傾向が浮かび上がる(図2)。一つは復旧までの時間が長引くケースが多いこと。短い場合は数時間だが,長い場合はひかり電話のように数日間にわたる。もう一つの傾向は,障害の影響範囲が広いことだ。事業者の営業エリア全域にわたって影響が出ることが多く,ユーザー数も多い。

図2●IP電話の障害に共通する二つの傾向
図2●IP電話の障害に共通する二つの傾向
これまでの障害事例を見ると,(1)復旧までの時間が長く,(2)影響範囲が広い傾向にある。多くのユーザーに長時間にわたって迷惑をかけていることを意味し,障害としては最悪のパターンである。
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 どちらも対策がうまく働いていないことを示している。交換機でもハードウエア故障など小さな障害は珍しくないが,地域も時間も限定されるのが普通だ。だから大きな問題にならない。IP電話にとって重要なのは,障害を全く起こさないことではなく,障害が起こっても,短時間,少数ユーザーへの影響にとどめることだ。