売買手数料の引き下げ競争がほぼ限界に近づいた今、ネット証券各社は新たな顧客引き付け策を迫られている。注目されているのは、個人投資家が自動売買システムを構築するためのサポートサービスや、PTS(私設取引システム)を活用した24時間取引サービスだ。忘れてはならないのは、取引システムの信頼性や安定性である。

 ネット証券は格安な売買手数料に加えて、トレーディング・ツールの機能向上などITを駆使した技術力を武器に、個人投資家を獲得して急成長してきた。今やネット取引は個人投資家の売買の8割以上を占めている。

 しかし、売買手数料の引き下げ競争は、もはや限界に近づき成長神話も崩れつつある。米国のネット証券は大手3社に集約され、最近では投資アドバイスを求める顧客のために、実店舗でのコンサルティングサービスも手がけている。

 日本のネット証券もさらなる成長軌道に乗るためには、売買手数料以外の独自サービスの向上が生き残りのカギとなる。

自動売買システムの開発を支援

 こうした状況下で注目されているのが、個人投資家の自動売買システム開発を支援するサービスだ。2006年5 月に営業を開始したGMOインターネット証券は、個人投資家が自分で開発した売買システムと、GMOのシステムを接続するための「プログラム仕様」を公開する。このような仕様は、技術用語でAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)と呼ばれる。

 クルマに例えて言うなら、自家用車に自分独自のオーディオシステムを組み込むために、電源やスピーカ接続方法や許容電力などのデータが公開されているようなものだと思ってほしい。つまり、APIには、「証券会社のコンピュータに対して、どのような信号をどのように送れば現在の値動きデータが返信されるか」、あるいは「買い注文を出すにはどのような信号をどこに送ればよいのか」――といった仕様がまとめられているわけだ。GMOは、日本のネット証券としては初めてAPIを公開する予定である。

図1●APIの公開によりカブロボも可能に
図1●APIの公開によりカブロボも可能に

 APIが公開されることよって、個人投資家は、売買注文や株式関連情報を自分のシステムに最適な形で組み込むことができるようになる。もちろん、自分独自のスクリーニング機能やランキング機能を作成することもできる。操作環境も自分のスタイルに合った形にすれば誤発注のリスクも小さくなる。十分なプログラミング能力と取引知識を持つ個人なら、取引環境を機関投資家並みに引き上げることも可能である。

 個人投資家が独自の自動売買システムを開発するだけでなく、システム開発企業が個人投資家向けに自動売買システムを開発して販売するビジネスも活発になるだろう。魅力的な自動売買システムが開発されれば、ネット証券にとっても口座開設数の増加につながる。

 ネット証券は従来から、デイトレーダーのようなヘビーユーザーを呼び込むために、専用のトレーディング・ツールのような上級者用の機能やサービスを重点的に提供してきた。例えば、カブドットコム証券は、自動売買機能で複数銘柄をまとめて売り切ることもできる「バスケット注文」を提供している。複数の銘柄を売買するデイトレーダーにとって、突発的な悪材料が出て相場が急落するような場面では極めて有効な機能だ。そうした機能だけでは差異化が難しくなってきたことがAPIの公開などの動きにつながっている。

夜間も取引できるPTS

 ネット証券のPTS(私設取引システム)も注目だ。カブドットコム証券は06年9月、PTSを活用して夜間取引市場の運営を開始した。ターゲットは日中、仕事で取引に参加できないビジネスパーソン。取引参加者が同社に口座を持つ個人投資家に限られるため、今のところ売買高は低水準だ。

表1●主なネット証券が提供しているトレーディングツールやサービス
表1●主なネット証券が提供しているトレーディングツールやサービス
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 ただ、他のネット証券もPTSによる夜間取引市場を開設する方針であり、複数のPTSが接続されれば、流動性が高まり、価格の大幅な変動を抑えることもできて、投資家の利便性が向上する。今後PTSが魅力的な市場に成長する可能性は十分ある。複数のPTSを超高速で調べ、ある時点で最も有利な条件で売買できるPTSを選んで約定するといった技術の開発も進んでいるようだ。

 個人投資家の売買に関わる機能のサービスだけでなく、証券会社側の取引システムの信頼性や安定性も重要なポイントとなる。取引時間中にシステムがダウンしないことは最低条件だ。トラブルの復旧を待っている間に、相場が急騰あるいは急落した場合、機会損失の賠償に発展する恐れがあるばかりか、企業の存続までかかる。取引システムのトラブルは、ネット証券にとって最大のリスク要因となる。ITの進歩を背景に個人投資家の投資手法が様変わりしつつある現在、ネット証券の競争力も、このような技術力によって決まることになる。

犬丸 正寛(いぬまる まさひろ)氏
日本インタビュ新聞社 代表取締役社長
1944年生まれ。大阪商業大学商経学部卒業後、大手証券専門新聞社に入社。取締役編集局長・取締役IR局長を経て、99年に日本インタビュ新聞社設立。あらゆるメディアを活用した企業と投資家を結ぶIR支援事業「Media-IR」を展開。メディアなどに執筆するかたわら、経済・株式評論家としても活躍中