ネット証券が個人投資家に提供する取引機能は日々向上している。専用のトレーディング・ツールを使えば、特殊な自動売買注文だけでなく、複雑なテクニカル分析(過去の株価の動きから将来の株価を予想すること)やスクリーニング(選別)機能を利用することができる。さらに進んで自動売買システムの構築をサポートするサービスが活発になるだろう。

 個人投資家がインターネットを利用して株を売買することは、もはや当たり前のことになった。インターネット専業の証券会社を利用すれば、売買手数料が格安になる上に、逆指値やW(ダブル)指値などの特殊な自動売買注文の機能を使うことができるからだ。

 デイトレーダーのように、プロ並みの本格的な売買をする個人投資家向けには、ネット証券から専用のトレーディング・ツールが提供されている(表1)。こうした専用ツールを使えば株価の自動更新、売りと買いの「気配値」や注文数を示す「板情報」、約定を示す「歩み値情報」、リアルタイムのニュースなどの投資情報、様々な株価チャートの表示に加えて、テクニカル分析やスクリーニングなどの複雑な機能も利用することができる。まさにプロ並みの環境で機動的な取引が可能になっているのだ。

表1●主なネット証券の専用トレーディング・ツールと自動売買機能
表1●主なネット証券の専用トレーディング・ツールと自動売買機能
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個人投資家も「アルゴリズム取引」始める

 こうした機能だけにとどまらず、最近では銘柄選択、株価予測から売買発注までをコンピューターに任せる自動売買プログラム(「アルゴリズム取引」とか「株ロボット」と呼ばれる)を導入する動きが活発になってきた。あらかじめ設定しておいた条件(売買ルール)を満たす銘柄を自動的に抽出し、最適なタイミングで自動的に売買注文を出すようなトレーディングを行うソフトを、自前で開発して自分のパソコンに組み込む個人投資家が現れ始めたのだ。ネット証券の一部は、こうした自動売買システムを個人が開発するための基礎データを提供し始めている。

 アルゴリズムとは、コンピュータープログラムの処理手順を指す技術用語である。一定の手順に従って大量のデータを処理するコンピューターの特徴を株式売買に応用したのがアルゴリズム取引だ。アルゴリズム取引は、もともとは証券会社が自己勘定取引のために開発し、社内で利用してきた。これが証券会社の大口顧客である機関投資家に広がり、ここ数年でだいぶ浸透した。今や個人投資家も、同様のIT武装で急速に追い付きつつあるのだ(図1)。

図1●人手を介さないアルゴリズム取引
図1●人手を介さないアルゴリズム取引

 アルゴリズム取引は、数理分析モデルをもとにして、コンピューターが売買発注の最適なタイミングや数量を自動的に計算し、効率的に株式を売買する仕組み。最近では、ネット上のニュース記事や書き込みを、自動検索でいち早く察知し、過去のデータを基にニュースが株価に与える影響を統計的手法で定量評価し、取引行動に反映させる手法まで組み込まれ始めた。

 こうした取引を実現するには、もちろん「ソフトウエア開発力」が必要だ。かつてなら、組織的で大規模なソフトウエア開発が必要だったが、現在は個人が開発することも十分可能だ。パソコンの処理能力の急速な向上、価格の低下、ソフトウエア開発ツールの充実--といったことが ソフト開発を容易にしているからだ。仕事ではコンピューターの専門家である人物が、プライベートでは個人投資家であることもあり得る。

 アルゴリズム取引は、人間のトレーダーをはるかに超えた速度で判断し、感情に左右されることなく売買注文を発する。そればかりか、一度に大量の売買注文を出すと、その注文自体が株価変動の要因となり、想定価格で売買を執行できない恐れを防ぐために、自動的に小口に分割して売買注文を出すことまでロジックとして組み込まれている。数理分析やIT技術を駆使して、マーケットインパクトを最小限に抑えることで、結果的に売買執行コストを抑えようとするわけだ。

「取引行為のIT化」の光と影

 「取引のIT化」は、市場や証券会社にとってメリットをもたらすと同時に、新たなプレッシャーも生みだしている。

 アルゴリズム取引に代表される自動売買が普及すれば、証券会社にとっては、大量の売買注文を得られると同時に、投資家からの注文を取り次ぐ要員の削減というコスト削減効果もある。銀行が無店舗化(ATM 店舗やテレビ電話取引)して得られるのと同様のメリットである。

 一方で、注文を受け入れる証券会社のシステムや市場に取り次ぐシステムに障害が発生することは社会的にも許されなくなる。取引所のシステムについても同様の条件が求められる。これらに対応するために二重三重の対策を施すことが新たなコスト要因となる。事故発生は企業の存続を左右するリスクである。

 ネット証券が個人投資家に提供する取引機能は日々向上している。また個人投資家の側にも、従来のような相場観や経験則に頼る投資スタイルではなく、科学的なアプローチで利益を上げようとする投資スタイルが浸透してきた。今後は複雑なスクリーニング機能を提供するだけでなく、個人投資家が独自の自動売買システムを構築するための支援サービスや、安全性・信頼性の確保が焦点になるだろう。


犬丸 正寛(いぬまる まさひろ)氏
日本インタビュ新聞社 代表取締役社長
1944年生まれ。大阪商業大学商経学部卒業後、大手証券専門新聞社に入社。取締役編集局長・取締役IR局長を経て、99年に日本インタビュ新聞社設立。あらゆるメディアを活用した企業と投資家を結ぶIR支援事業「Media-IR」を展開。メディアなどに執筆するかたわら、経済・株式評論家としても活躍中