前回のコラムに続き,今日もA社の会議室にいます。

 役員会に諮(はか)る前の前哨戦ということで,各部署のエース級が集まって白熱した議論が展開されています。第三者たる筆者の立場からすれば「総論賛成,各論反対」の雰囲気に変わりはありませんが──。

 先ほどから再三にわたって発言を求めているのは,研究開発部の面々です。高学歴者を揃(そろ)えた頭脳派集団であり,「我こそはミスター・エジソンである」と自負する人たちばかりで,発言内容も理路整然としています。

 筆者の左横に座っている,製造部製造2課のS係長が囁(ささや)きました。
「連中のカラオケ大会は『ちびまる子ちゃん』で毎回,盛り上がるそうですよ」
エジソンはっ! えらい,ひっとぉ~,というわけですか。

「生産管理は歩留率98%や99%で四苦八苦しているのに,研究開発部が提案してくる新製品の採用率は6割にも満たないですからねぇ。4割以上の研究開発費は,どこに消えてしまうんでしょう」
う~ん,研究開発費の歩留りですか。

 研究開発に生産現場と同じ歩留り管理を求めるのは,論点がズレますよ。研究開発費は『研究開発費等に係る会計基準』に従った会計処理が求められていますし,実務の上では予算管理など別の方法もあります。いずれ機会を見てお話しすることにしましょう。まぁ,エジソンは天才だから許されるとして,凡人が「歩留りコスト」を気にかけなくなったら,危ないかもしれないですけどね。

 研究開発部員の主張に,営業部から反論の声があがりました。研究開発部は独善すぎる。お客さまの声にもっと耳を傾けろというのが,営業課長の要旨です。

 S係長が再び,小声でボヤキ始めました。

「あ~あ,営業課長ったら,いつも顧客の受け売りなんだから。これだから『チョウチン持ち』と呼ばれるんですよ」
『お客さまの声』というのは,確かに便利な言葉です。しかし,その声を,営業部ではきちんと咀嚼(そしゃく)しているのかどうか。

 研究開発部からは「それは本当に,お客さまの声なのか」と予想どおりの切り返しがあり,研究開発部と営業部で一触即発の睨(にら)み合いが始まりました。

 会議室の片隅を見ると,シラけた表情をしている人たちがいました。システム開発部の面々です。御社のSE(システムエンジニア)って,いつもソッポを向いていますよね。

「ああ,あの人たちですか」
S係長の説明によると,問題のすべてはITで解決できるんだ,解決できないのは予算が足りないからなんだ,と彼らは思い込んでいるらしい。その欲求不満が,態度に現われてしまうようです。

「でも,ITを推進する前に業務改革をしないことには,システムも画面に貼り付いた壁紙ですよね」
S係長の指摘は,なかなか鋭い。

「いくらIT化を進めたところで,経理や総務の連中なんて,結局,Excelで作り直すでしょう」
なるほどぉ。会計監査の場などで質問をすると,コピー&ペーストを駆使してExcelで作った表を誇らしげに提出してくるのは,『Excel族』の習性ですものね。ITを信用していないのか,それとも縦と横の合計を自ら確かめないと気持ちが悪くなるのか。

 それにしても,さっきからS係長の発言を聞いていると,被害者意識が強すぎません?
「タ,タカダ先生ったら,な,何をいうんですか!」

 筆者の右隣にいたK室長が半畳を入れてきました。
「製造部の人間って,すべての部門が製造の邪魔をする,と思い込む傾向がありますからね」
「K室長まで,そんなぁ」

 いったん休憩となったところで,K室長の横にいた企画室長が,分厚い会計規則集を抱えて質問をしてきました。

「タカダ先生,最近,『内部統制』の話題をよく聞きますが,ITproコラムの主題である『コスト管理』は,内部統制の対象になるのですか?」
難しいところですね。

 その会計規則集に掲載されている『内部統制基準(注1)』を見ると,次のようなことが書かれています。

一般に,原価計算プロセスについては,期末の在庫評価に必要な範囲を評価対象とすれば足りると考えられるので,必ずしも原価計算の全工程にわたる評価を実施する必要はないことに留意する。

 一部では「コスト管理も,内部統制の評価対象である」と思われているようです。しかし,それは誤った認識であり,コスト管理は原則として評価対象になりません。ただし,コスト管理がなぜ,評価対象にならないのか,という理由がわからないのであれば,対象に含めたほうが無難でしょう。ITばかりが先走って,法令や制度に対する無知無理解が放置されるのであれば,そこに内部統制上のリスクがあるといえるのですから。

 『実施基準』には長々とした文章が書かれていますが,その要諦は「報告・連絡・相談を守ること」といったところでしょう。

「タカダ先生,気安く『ホウレンソウ』といってくれますけどね,上の連中は初めからケチのつけどころを決めて,待ちかまえているんですよぉ」
S係長の発言にしては卓見です。

(注1)企業会計審議会『財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/