米最大のリテール証券、メリルリンチが毎年増員する営業部員の半分は元会計士や弁護士などが占める。同社の業務が、株式売買から、富裕層顧客一人ひとりのニーズと目的に応じて資産運用・管理の提案を行う「ウェルスマネジメント」に移行しているからだ。専門家のアドバイスを支えるためのITシステムが鍵となっている。

 全米に1万4700人の証券営業部員を抱える米最大のリテール証券、メリルリンチ。2003年以降、営業部員を毎年増員している。昨年も 1000人の大量採用を実施したが、同業他社からのスカウトのほかに、元会計士や弁護士など証券業務とは直接関係のない経歴の持ち主が半分を占める。

 同社では証券営業部員を従来の「証券ブローカー」とは呼ばず、「ファイナンシャル・アドバイザー(FA)」と呼ぶ。現在では米証券業界全体としてブローカーをFA と呼ぶのが一般的で、呼称の変化が証券営業部員の役割の変化を反映している。これまで営業部員は顧客から株式注文を受けコミッション(手数料)を徴収するのが主力業務だった。それが預 かり資産ベースにフィー(報酬)を課して、株式売買から幅広い資産運用まで顧客のニーズに合わせて様々な商品を提供する「ウェルスマネジメント」に変わってきたからだ。

 これはメリルだけの傾向ではない。米証券業界のリテールビジネスは、個人投資家による単なる株式売買から資産形成への助言に移るという変革期を迎えている。証券会社の収入源も従来の1 件ごとの株式売買仲介で得られる「コミッション」から、預かり資産ベースで徴収する「フィー」へと大きくシフトしてきた。その中で各社はこうした環境変化に対 応しようと、人材育成や商品再構成などを急いでいる。

多彩な選択肢の中から最適な投資商品を提供する

 「15年前にはコールド・コールのかけ方を研修で教えていたが、今では時代遅れになった」。メリルの全米600店舗にのぼる支店の業務を監督するシニア・バイスプレジデント、ダニエル・ソンタグ氏はFAの人材育成の方法が様変わりしたことをこう説明する。コールド・コールとは、投資商品購入の勧誘電話を未知の客にかけることを指す。

 そうした勧誘のテクニックを教えるよりも、FA に公認投資コンサルタント(CFP)など外部団体が認定する投資のプロとしての資格取得を奨励する。その上で、「山ほどある投資商品をどう顧客に提供するか」に力を注いでいると言う。このため、FA には顧客に推奨する個別株式銘柄の選択だけでなく、個人の資産形成全般をアドバイスできる能力が求められている。元会計士や弁護士などをFAとして積極的に採用するのもそのためだ。

 メリルでは個人顧客に対応する際に、投資資産の規模や顧客の希望に応じて多様な形態の資産運用プログラムを提示する。従来の個別株式の売買仲介からSMA(Separately Managed Account:専用資産運用管理口座)といった中富裕層向け資産運用商品、あるいは超富裕層向けのプライベート・バンクの機能まで、提供する商品の幅が広い。それぞれの顧客に最適の投資・資産運用商品を発掘し、提供するFAの能力が、これまで以上に問われるわけだ。

手数料の安さで勝負できなくなった

ファイナンシャル・アドバイザー(FA)の収入源、コミッションとフィーベースの比較
ファイナンシャル・アドバイザー(FA)の収入源、コミッションとフィーベースの比較
セルーリ・アソシエーツのデータを基に作成

 「ウェルスマネジメント」に移行していることで、収益構造にも大きな変化が起きている。15年前にはメリルの証券業務の収入のうちコミッションが100%だったが、今やコミッションとフィーが半々。「いずれはフィー収入がコミッションを上回る」(ソンタグ氏)とみられる。

 同社でのフィーベースの顧客口座への資金純流入額は04年以降2年連続で過去最高を更新。今年も年初から半年での純流入額が230 億ドル、昨年年間(450億ドル)のペースを上回る勢いとなっている。

 コミッションからフィーへの収入源のシフトは米証券業界全体の傾向だ。米調査会社セルーリ・アソシエーツが全米の証券会社や独立系のFA約500人を対象にした調査では、フィー収入が05 年年間で収入全体の48.8%を占め、コミッションの26.3%を大きく上回った。

 セルーリ社のアナリスト、ジョセフ・ラモロウ氏は「コミッションに比べてフィーは安定収入が見込める上に、顧客の資産が拡大すればFAの収入も増えるだけに顧客とFAの利害が一致する料金体系が顧客に好まれている」と説明する。また、「ベビーブーマー世代が退職期にさしかかり、資産形成全般へのアドバイスへのニーズが高まっている」こともフィー収入拡大の背景と指摘する。

 コミッションの安さで勝負していたディスカウント・ブローカーもそうした流れと無縁でいられない。大手のチャールズ・シュワブやフィデリティ・インベストメンツが複数の投資信託を組み合わせたラップ口座を導入するなど、フィーベースの投資商品へのシフトの動きも目立つ。

 コミッション引き下げで株式売買件数を競っていたディスカウント・ブローカーも、品揃えやアドバイスの質の向上に力を注いでいる。料金体系のシフトは米証券業界の競争の構図にも変化をもたらしている。


西崎 百江(にしざき ももえ)
(ニューヨーク特約記者)
本誌ニューヨーク特約記者。ニューヨークで約20年にわたり経済関係の取材・執筆を続けている。特に金融市場に関する取材経験が長い