変革の時代を乗り切るために,企業がぜひとも育成しなければならないのは,経営トップの戦略を現場の業務プロセスと情報システムに展開できる人材である。この人材をビジネス・エンジニアと呼ぶ。ビジネス・エンジニアは,ビジネス・プロセス(業務プロセス)をエンジニアリング手法を使って分析した上で,戦略を推進しやすい形に再設計する。

小山 仁

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「IT革命」なる言葉が新聞や雑誌,インターネットにあふれかえっている。なんでもこの革命は米国で数年前から起こっており,後れを取ってはならないものだそうだ。革命を進めるにあたって,日本の課題はネットワーク料金の高さと指摘されている。ところが最近になって携帯電話が爆発的に普及したため,IT革命で米国に追いつく可能性が高まったという。

 こう言われても,肝心のIT革命の明確な定義がないままに,大量の情報が出回っており,何が本質で何が課題なのかがよく分からない。ITを使って国家や企業などの仕組みを大きく変えてしまうことを革命と称しているなら,理解できなくもない。

 その場合の課題を考えてみると,なんといっても人材の不足であろう。人材の問題に比べれば,はっきり言って回線料金などはさ末なことである。ここでいう人材とはITを扱う技術者のことではない。まず,革命というに足る大変革を構想し,やり遂げるリーダーシップを持った人材と,そのリーダーの思いを基に具体的な戦略を練る人材が必要である。どちらをとっても,たくさんいるとはいえない。

 さらに,決定的に足りない人材として,「立案した戦略を現場で推進できるように,現場の仕事のやり方(業務プロセス)を見直す人材」がある。この人材が仕事のやり方を見直した結果,戦略に適合する新しい業務プロセスを作り,それを支援する情報システムも構築する。ここまでできて初めて,IT革命のスタートが近づく。

 我が国におけるリーダーの不在や戦略立案能力については,足りないという認識がかなり浸透していると思う。しかし,「戦略を業務プロセスと情報システムに展開する人材」については,こうした人材が不可欠という認識すら定着していないのではないか。「決定的に足りない」という所以である。

勝ち残る企業で必要な人材像

 話を企業に限り,必要不可欠な人材を図1に整理してみた。企業を率いる企業家精神の持ち主については説明不要と思う。企業理念やビジョン,すなわち新たな時代を切り開く「思い」をもった人材である。

図1●企業で必要不可欠な人材。戦略を業務プロセスに展開できる人材が不足している
図1●企業で必要不可欠な人材。戦略を業務プロセスに展開できる人材が不足している

 「会社を設計し維持する人材」とはちょっと分かりにくいが,要は人事,財務,経理などの責任者である。彼らには単なる管理業務を超えて,会社の基盤を設計し維持していくという発想が求められる。そして,戦略を策定する人材と,戦略を業務プロセスと情報システムに変換する人材がいて,企業戦略に一本筋が通る。戦略策定と概念レベルの業務プロセス作りは同一人物が担うこともできる。

 出来上がった組織や業務プロセスに基づいて,実際に業務執行を担い,戦略を実践する部門が,営業部門や生産部門などである。いわゆる情報システム部門も実行部門の一つであろう。

 以上の人材の最高位にあるものを英語でいうと,CEO(最高経営責任者),CFO(最高財務責任者),CSO(最高戦略責任者)などとなる。業務実行部門のトップがCOO(最高執行責任者)になるだろう。

企業の「知恵」の責任者を置く

 戦略を業務プロセスと情報システムに展開する責任者は,CKO(チーフ・ナレッジ・オフィサ)あるいは,CIO(チーフ・インテリジェンス・オフィサ)とでも呼ぶべき存在である。業務プロセスと情報システムはその企業の知識・知恵を集約したものにほかならないからだ。

 CIO(情報戦略担当役員)という言葉が別にある。戦略を情報システムに反映するという思いが込められた名称だが,日本はもちろん,欧米においても,CIOは情報システムの開発や運用など担う実行部門のトップを指していることが多い。

 株主に責任を持つ取締役には,CEO,CFO,そしてCSOやCKOがなるべきであり,各々の業務部門のトップやCIOは執行役員と位置づけるべきであろう。

 ちなみに現場の事業部長や工場長の権限が非常に強く,CEOやCFOなどが本来の機能をあまり果たしていないのが,日本企業の特徴と言える。これはこれで強みでもあるが,大きな変化にうまく対応できないというマイナス面もある。

すべては戦略の策定から始まる

 戦略の策定や,戦略を業務プロセスにマッピングするとは具体的に何をするのか。それを示したのが図2である。左が戦略を策定するプロセス,中央が戦略を展開するプロセス,右が実際に行われる業務プロセスである。いわゆるIT,情報システムは業務プロセスを下支えする。

図2●戦略展開プロセスの概要。このプロセスにより,戦略を業務プロセスに展開するとともに,結果(実績)を評価する
図2●戦略展開プロセスの概要。このプロセスにより,戦略を業務プロセスに展開するとともに,結果(実績)を評価する [画像のクリックで拡大表示]

 『日経コンピュータ』は経営雑誌ではないので,戦略策定プロセスについての説明は割愛する。一つだけ注意を促したいのは,日本企業で必ず作られている「経営計画」は戦略と異なる,ということだ。日本企業には経営企画室とか総合企画部といった組織はあるものの,ここでやっているのは,各事業部門の予算をとりまとめることで,戦略立案に至っていない場合が多い。