上田 尊江
TransAction Holdings, LLC.
CEO  Founding Partner


「ほんとに信じられない!」「なんでそんなことするの?」「なぜ日本みたいにしないの?」

 2006年、アメリカに引っ越してから、アメリカ人の夫にこんな質問を頻繁にぶつけるようになってしまった。毎日びっくりすることの連続だったからだ。個人的な理由でアメリカに永住することになり、輸入事業を手がける会社を設立した。一人の消費者として日常生活を送り、またスモールビジネスのオーナーとして経営をする中で、日本とアメリカの様々な違いを目の当たりにし心底驚いた。

 アメリカ系企業で働いたこともあるし、アメリカと日本の橋渡しをする仕事もしたから、アメリカのことはそれなりに分かっているつもりだった。でも紙の資料やメディアを通して知るアメリカと、実際のアメリカはすごく乖離していた。日本では当たり前だった仕組みやサービスで、この国に存在しないものがたくさんある。先進国アメリカでありながら、あまりにも時代遅れで、理解しがたい仕組みが多く残っている。アメリカを批判するつもりはまったくないし、日本のほうが素晴らしいというつもりもない。ただ、決定的な違いがあることをお伝えしたく思い、この連載をお引き受けした。

 中でも、アメリカの決済の仕組みや銀行の仕事ぶりについては驚くことが多い。わたしは怒り、呆れ、そして密かに反省する。なぜ反省するかというと、かつてわたしは「アメリカの銀行はこんなに素晴らしい。だから日本も真似するべきです」と日本の金融機関に繰り返し説いてきたからだ。最初に選んだ就職先であった外資系マネジメントコンサルティングファームでわたしはコンサルタントになり、日本の銀行顧客にアメリカの銀行のケーススタディを売り込んでいた。もちろん、アメリカの銀行には優れた点もあるのだが、アメリカに住んでから、あの華麗なイメージは幻だったのではないかと思うようになった。

 その最たる例は、非常に広く流通している「チェック(小切手)」の存在だ。チェックはあらゆる支払いに利用されている。給与支払いもチェック、消費者による小額決済もチェック、企業間の高額支払いもチェック、なのである。1日に処理されるチェックの数は、2億7000万枚という。チェックがいかに恐ろしい仕組みかお分かりいただくために、詳しく紹介したい。

 わたしがある商品を顧客に納めたとしよう。顧客は自分が取引している銀行が発行しているチェックに金額を書き出し、わたしに郵送する。チェックが届いた後、わたしはそのチェックの裏にサインをして当社の取引銀行に持っていく。そして、チェックに記載された金額を当社の銀行口座へ入金するように銀行へ指示する。銀行がチェックを受け取った後、口座残高を確認するとチェックの額面分増えている。日本人の感覚では、これで入金が完了したと思ってしまう。

 ところが!

 まだまだ決済のプロセスは続く。銀行はチェック処理のため、わたしから受け取ったチェックを決済サービス銀行を経由して顧客の取引銀行へメール便で送る。顧客の取引銀行にチェックが届き、口座を確認する。ここで残高があればいいのだが、足りなかった場合、支払い余力がないことが確認され、チェックに「支払い不可」とスタンプが押されて、わたしの取引銀行へ戻される。取引銀行は、わたしの口座から一度は入金されたチェックの額面金額を引き落とす。

 不渡りのことを英語でbouncedあるいはrubber checksと呼ぶ。アメリカではこの状況にぶつかることが頻繁にある。そもそも、アメリカでは支払いが滞ることが当たり前で、お金の回収は非常に大変である。苦労してようやく回収した売上金分のチェックを喜び勇んで銀行に持っていっても、数日後に銀行から「不渡りです。額面金額をお支払いできません」と伝えられるのである。

 いったん入金された後に不渡りになるという話は聞いていた。「まさか」と思ったが、実際に目の当たりにしたとき愕然とした。そして不渡りに直面しても「またか」と平然としているアメリカ人の態度が信じられなかった。