堀内 秀明 氏  
ガートナー ジャパン
リサーチ BI&インフォメーションマネージメント
リサーチディレクター
堀内 秀明 氏

ビジネス・インテリジェンス(BI)が再び注目を浴びている。ただBIを導入し現場に根付かせ,経営を変えるためには,組織的な取り組みが必要だ。BIを全社的に展開・推進する「BIコンピテンシー・センター(BICC)」の設立を提案するガートナーのアナリストが,BICC成功のポイントを解説する。(ITpro)



 ビジネス・インテリジェンス(BI)が再び注目を浴びています。ご存じの通りですが,BIを活用して効果を出すには,データベースや分析用のソフトを用意しただけでは意味がありません。活用するユーザー,つまり社員のデータ分析スキルを相応のレベルにまで高める必要があります。

 しかし一般的には,現場の社員にはスキルはそれほどありません。そこで企業が採りうるアプローチは大きく二つあります。一つは,現場が考える必要性を小さくすること。つまり,「こうしなさい」という行動指針を,システムがデータ分析の結果をもとに自動で提示するというものです。これは多くの人が求めている姿でもあります。ただ,現時点で使える技術では,自動化は難しいのが現状です。

 そこで採るべきが,もう一つのアプローチです。現場のスキルが足りないのであれば,スキルの底上げを図るのです。

 スキルの底上げを図る,と言葉で表現するのは簡単ですけれども,「それが必要だということくらい重々承知している」というのが皆さんの思いでしょう。私はクライアント企業の方々とお会いすると,「日々の業務に追われる中,どうすれば社員の情報活用スキルを高められるのか」という質問を日々受けています。

 その解決策の一つが,「組織づくり」です。

BIに対する期待と効果

 ガートナーは定期的に,企業におけるITユーザーを対象に「ITデマンド調査」を実施しています。2006年5月には,BIを導入するに当たって期待する効果と実際に得られた効果を質問しました(図1)

 期待度を5段階で評価してもらった結果,「意思決定の迅速化」,「社員の生産性向上」,「業務プロセスの効率化」については3.5前後という数値になりました(図1の黄色いバー)。「そこそこ期待している」という雰囲気でしょうか。一方,実際に得られた効果についても同じく5段階で評価してもらいました。結果は3は超えた程度で,これについても「そこそこの効果が出た」というところでしょう(図1の緑色のバー)。

図1
図1
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 情報を素早く提供する。そのプロセスを効率化する。こうしたシステムを構築した企業では,期待通り,あるいはそこまでは至らずとも,相応の効果は得ていると言えるでしょう。

 一方で調査結果を見ると気になるのが,「あまり期待を抱いていない領域」です。売上の増加、顧客満足度の向上、新規顧客の獲得という、ビジネスの拡大に直結する領域に関しては、効果だけではなく、当初の期待度も3を下回っています。これは,BIにまつわる本源的な問題ではないでしょうか。つまり,BIがどれだけビジネスの拡大に貢献できるのか,というテーマに,いよいよ私たちは答えを出さなければならないタイミングなのです。

 これまでももちろん,BIは一定の効果を出してきました。ただそれは,データの集計が楽になるとか,データの集計が高速化されるといった,効率化の領域にとどまっていました。「それが経営や事業に貢献するかどうかは,使う側である人間の問題なので,ある意味システムは関係ない」。ユーザーも,IT部門も,ITベンダーも,BIに対してこのような立場でした。しかし,今後はBIにかかわるステークホルダー全員が,BIの直接的な経営効果はどうあるべきかを,逃げずに正面から考えるべきでしょう。

 繰り返しますが,組織づくりがこの課題をクリアする上で重要な鍵を握ります。ガートナーはBIのための組織,「BIコンピテンシー・センター(BICC)」を提唱してます。BICCとは何か,BICCを成功させるためのポイントは何か,それぞれ解説していきましょう。

多岐にわたるBICCの役割

 ガートナーは世界のユーザー企業に対して,BIの課題についてアンケート調査を実施しました。過去何度か同様の調査を実施していますが,何度実施しても,同じトレンドが見られます。それは日本も海外も同じです。「ユーザーのスキル不足が一番の課題」。こう皆さん答えます。要するに,苦労してBIの仕組みを構築しても,ユーザーが使いこなせないということです。

 一方,「BIには興味があるがまだ導入していない」という企業に聞いた結果があります。BIに対する懸念のトップが,「費用対効果が不明確」ということです。

 これら二つの課題は,互いの関連性が強いと言えます。例えば,使いこなせないからといって「データ分析ツールの使い勝手の問題である」,あるいは「ツールの機能が現場の社員には敷居が高い。だから定型的なレポーティング・ツールで十分である」と結論づけるのは間違いです。業務でどのようなデータを分析すれば,どのような判断材料が得られるのか。そして,その判断によりどんな結果が得られるのか。これらを固めることで,社員が十分に使いこなせ,結果として費用対効果の高いBIを実現できるのです。

 そのようなBIを実現するためには,BIの導入と推進に携わるチームが,ITスキル,データ分析スキル,ビジネス・スキルをバランスよく備えることが大切です。このようなチームをガートナーではBICCコンピテンシー・センターと呼んでいます。コンピテンシーという言葉が盛り込まれていることからお分かりかもしれませんが,企業という組織が身につけるべき能力としてBIを位置づけ,高めていくのが,この組織の大目標なのです。

 BICCの役割は多岐にわたります。

■ユーザーが自力でBIの基本的なニーズを満たせるように導く

 まず,ユーザーが自力で各自のBIに対する基本的なニーズを満たせるように導くことです。トレーニングを実施したり,ツールや分析のノウハウを伝えたりしていきます。

■非定型の複雑な分析を,ユーザー部門と協力して行う

 次に,事業の局面に応じて発生する非定型的な分析を,ユーザー部門と協力して実施します。得てしてこのような分析は複雑なものになります。ユーザー側のスキルを底上げするにも限界がありますので,専門チームであるBICC側でスキル面のサポートをするわけです。

■たびたび依頼がある分析内容については,アプリケーションの構築を検討する

 ユーザー各所から同じような分析内容の依頼が来ることがあります。そのようなニーズを満たすアプリケーションを企画することも,BICCの重要な役割になります。

■分析アプローチに矛盾がないかチェックする

 さらに,分析アプローチに矛盾がないかをチェックします。例えばある部門では財務システムからデータを取得し分析している。ところが別の部門では営業システムから分析している。実は同じ「売上データ」でも,その取得の切り口や経緯から,内容が異なっているおそれがあります。すると,そのデータの分析結果や見方が変わってきます。これは経営判断のミスをも招きかねません。そこでBICCが主導して,分析内容にふさわしいデータを提供する枠組みを作るわけです。

■データを整備する

 先の内容に似た面がありますが,もう一つ重要なことがあります。社内で使っているビジネス用語を定義し,部門間でその用語のマッチングを支援します。商品の分析一つとっても,商品カテゴリのとらえ方が部門ごとに異なれば,結果に違いが生じてしまいます。これを全社でそろえていくことが大切です。

■全社で利用するBIツールの標準を策定する

 全社で利用するBIツールの標準を策定することも重要な仕事です。注意すべきなのは,何か一つのBIツールに絞ることが目的ではありません。ツールが無用に増えるのを抑制することが目的です。市場で販売されているBIツールにはそれぞれ特徴があります。ビジネスの目的に応じてBIツールを使い分けるのは理想型の一つですが,種類が増えると管理コストやアップグレードのコストが増大します。社員が部署間で異動すると,そのたびにトレーニングする必要が出てきます。こうした状況になるのを防ぐためにも,BICCの役割が欠かせません。