筆者紹介 小田島 労(おだしま・ろう)
NTTデータ経営研究所 取締役・パートナー(ソーシャルイノベーション・コンサルティング本部担当)

大手発動機メーカーの研究開発に従事の後、外資系コンサルティング会社に転出。情報戦略を初めとする各種戦略立案プロジェクトに参画。現職では中央府省や大手民間企業からのコンサルティング案件を中心に、BCP策定等のリスクマネジメント、およびディザスターリカバリー等の情報セキュリティーに関わるプロジェクトも数多く担当。ASPICジャパン「災害時ICT基盤研究会」メンバー。

 災害対策基本法に基づいて、災害時における住民への避難の勧告、指示を行うのは基礎自治体(市区町村、以下、自治体と略す)の長と定められている。このことからも分かる通り、災害現場の最前線で直接住民と接し対応していくのは各自治体の役目となっている。

 しかし、災害時は情報が錯綜したり、必要な情報が必要なところに届かなかったりといった混乱により、自治体の活動は住民の適正な行動の助けとなっていないことも多い。このような中、的確・迅速な意思決定と行動を起こしていくことができるよう、不断の訓練を行っておくことこそが、災害時の被害の程度、避難行動や救助活動の実効性を高めることにつながる。

 本稿では災害時に備えて必要となる訓練の意義と、それに応じた訓練の種類ということから説き起こして、その種類ごとに情報システムとの関連を考えながら、効率的かつ効果的な訓練方法について考察していくこととする。

防災訓練の意義

 防災訓練の意義は大きく、以下の3つにあると言える。

(1)災害の混乱時にも的確な「意思決定」ができるようにすること
(2)災害時における不慣れな「行動」を迅速・円滑にできるようにすること
(3)現在の防災計画・災害対策の不備を見直すこと

 以下、それぞれについて説明する。まず、(1)の「意思決定」と(2)の「行動」ということについて考えてみよう。

 地震、風水害の多発する我が国にとって、自治体が防災計画や災害対策を立てて災害時に備えることは必要不可欠なこととなっている。この計画や対策が被災時においていかんなく効果を発揮できて初めて、住民の安全確保から業務の再開・復旧に至るまで、自治体職員を含む関係者が迅速・円滑に行動することとなり、被害は最小化していくことになる。

 ところが、災害の混乱時には予期せぬ出来事の発生、情報の錯綜などにより、「的確な意思決定」ができない状況に陥る危険性が大きい。また、平常時には行うことのない不慣れな行動が要求されるために、「迅速・円滑な行動」が出来ないという事態も起こり得る。

 一方、災害は(幸いなことに)頻繁に起こるものではない。つまり、災害時にあるべき「意思決定」と「行動」は実際の経験によって培っていくことはできない。となると、災害時の状況を演出・シミュレートして、あるべき「意思決定」と「行動」の訓練を平常時に行っておくことが極めて重要になる。これが訓練の第一義的な意義である。

 次に、(3)の「防災計画・災害対策の見直し」という意義について、防災・危機管理のマネジメントサイクルの観点から考えて見よう。防災・危機管理におけるマネジメントサイクル(Plan-Do-Check-Actionの所謂PDCA)とは、計画・対策を立てる(Plan)ことから始まって、定期的に訓練(Do)を行い、時には視点を変えた訓練(Check)をも行って、見直し(Action)を行っていくことである。このDoとCheckの訓練を行うことにより、現在の計画・対策における問題点が発見され、その原因を潰していくことで、新たな計画・対策の策定(Plan)が再び行われるというわけである。

防災訓練の種類

 「意思決定」と「行動」という第一義的な意義に従って、防災訓練には大きく「意思決定訓練」と「実技・実動訓練」の2つに分けられる(表1)

■表 防災訓練の分類
意義・目的 大分類 中分類 小分類
状況の予測や判断、活動方針の決定等の意思決定能力向上 意思決定訓練 状況付与型訓練
  • ロールプレイング型訓練
  • 状況付与型イメージトレーニング
  • 図上訓練
  • 情報リテラシー訓練(*
  • DIG(**
状況予測型訓練
  • 状況予測型イメージトレーニング
  • ビジョン型イメージトレーニング
実際の動きの模擬を通じた、防災資器材・機器の取扱いや活動手順への習熟 実技・実動訓練 連絡体制・要員移動訓練
  • 連絡体制訓練
  • 避難訓練
  • 駆けつけ訓練
資器材利用・システム運行等の業務訓練
  • 防災用資器材利用訓練
  • IT防災訓練
  • バックアップ機器立上・切替訓練
  • 業務の手作業訓練
*情報リテラシー訓練:パソコン等の情報端末に表示される文章や、気象情報、被害状況などの画像から有用な情報を選択・抽出し、必要な判断を行なう訓練をするもの
**DIG(ディグ:Disaster Imagination Game(災害想像ゲーム)):訓練参加者で管内図を囲み、防災・危機管理上、重要な箇所、危険個所を書き込んだ上で、様々な状況下での活動・行動を議論するもの

 表1に沿って、「意思決定訓練」と「実技・実動訓練」の概要を説明しよう。「意思決定訓練」における「状況付与型訓練」とは、災害時に予想される事案・状況等を記述したシナリオを訓練の進行管理者から参加者に付与して、それに対する参加者の意思決定、役割行動を回答させることにより訓練を行うものである。実際に災害時の役割を演じるロールプレイング型のものや、活動イメージを明確化することに焦点を当てたものもある。管内図等の地図上に状況・シナリオを示してこのような訓練を行う場合は図上訓練ということになる。

 これに対し、記述された状況等のシナリオがないのが「状況予測型訓練」である。適当な経過時間ごとの状況を予測させ、それを前提とした時の意思決定・役割行動を答えさせる状況予測型のイメージトレーニングと、発災後の節目節目に達成しておくべき状態(ビジョン)を回答させて「今、真になすべきこと」を大所高所から考察させるビジョン型のイメージトレーニングとがある。

 実技・実動訓練は、災害時に予想される状況下で実際に行われる行動を模擬してみる訓練である。首長と自治体職員の担当者とで実際に災害対策本部を立ち上げて連絡体制を作ってみたり、実際に建物から避難してみたりといった連絡体制と要員移動の訓練がまずある。これに加え、消火器など防災用資器材を使ってみたり、災害時を想定したシステム運行を試みる業務訓練がある。いずれも、住民や他の関係団体をも巻き込んで行うことも多く、アピール性も高いので、意思決定訓練に比べれば頻繁に行われている訓練と言える。

防災訓練と情報システムとの関連(1)--意思決定訓練の場合

 防災訓練における意思決定訓練はつい最近までは、情報リテラシー訓練を除けば紙ベースで行われるのが一般的であった。例えば、管内地図へ被害想定などの書き込みを行ったり、読み上げられたシナリオに対して自らの意思決定内容を答えたり記述したり、あるいは災害想定カードや災害状況カードへの書き込みを行ったりといった具合である。

 こうした従来型の訓練における課題はまず、訓練の進行管理の行える専門家が少ないことである。訓練参加者にとって、進行管理者からの適切なコメントがないと、自分の下した意思決定が良かったのか悪かったのか不明なままであり、貴重な時間を使って折角参加したのに、自信が持てないまま終了してしまうことにもなる。

 もう一つ、紙ベースであるが故に、訓練結果を効率的・効果的に利用していくことがなかなか難しいという課題もある。一度行った訓練内容はその場限りの講評で終了することが多く、これをさらに記録にとって分析したり、反省したりといったことは行い難いというのが、現状のようである。

 それが近年では、緊急時の指揮支援システムを使って、効率的な訓練が行える状況が現れてきた。こうしたシステムは例えば以下のような機能が備えられており、実際の緊急時や訓練時に必要な仕組みが一括して提供されるものとなっている。

  • 想定される災害や危機に対する判断基準や対応などをシナリオ化して、効率的にデータベースに蓄積する機能
  • 対話型の入力方式により状況の変化に応じた最適なシナリオを選択する機能
  • 迅速な意思決定を行うために、シナリオに基づいた指示内容を分り易く表示する機能
  • 意思決定の結果を適切なタイミングで適切な人に情報伝達できる機能

 シナリオはユーザ団体・組織で定めた、緊急時に必要な対応方針、災害対策マニュアル、経験・ノウハウに時間の概念を組み合わせて出来ており、想定する地震・火災などのインシデントと関連付けてサーバーに格納されている。

 このシステムの一連の機能が、「訓練の進行管理の行える専門家」の代替となる。災害対策本部の指揮官と、連動する情報収集班、情報分析班、対外広報班、現地対応班など、意思決定とそれに応じた行動を行わねばならないチームには各々クライアント端末(パソコン等)が配備されることになる。

 時々刻々変化するシナリオがサーバーから選出され、行動チェックの質問、すべきこと、警報、指示内容などがクライアントに示される。指揮官と現場の対応チームは相互に情報交換を行いながら適切な対応を実施していくという訓練を積むことになる。

 システムを通じてチェックを行いながら判断していくため、自分の下した意思決定には自信を持てるようになる。また、訓練時に取られた行動はすべて自動記録されているため、対応の反省を行い、シナリオを再設計したり、マニュアルを更新したりしていくことも効率的にできる。実際の災害時に訓練通り活用できれば、初動時のパニック防止や対応時間の短縮にもつながって、最終的には被害損失の最小化につながっていくことが期待できる。