写真●ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授。5月10日,米国フロリダ州オーランドで開催された「Wireless Enterprise Symposium 2007」会場で撮影
写真●ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授。5月10日,米国フロリダ州オーランドで開催された「Wireless Enterprise Symposium 2007」会場で撮影
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 先週,筆者は米国のオーランドで,ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授の講演を聞く機会に恵まれた(写真)。同教授は経営書の名著「イノベーションのジレンマ」の著者として有名な経営学者である。「イノベーションのジレンマ」の中では,AppleやHewlett-Packard,今はなきDECなど,多くのコンピュータ・メーカーの事例が取り上げられているので,同書を手に取られたIT業界の方も多いのではないだろうか。

 講演でクリステンセン教授は,「The most important finding about this is that the trajectory of technological progress almost always outstrips the ability of customers to use the progress.(意訳:技術の進歩は,その過程において,ほとんどの場合,顧客がその進歩を使いこなす能力を超えてしまう)」と指摘していた。

 要するに,技術がユーザーの需要や要求を超えて進化し,ユーザーが置いてきぼりを食う,ということだろう。そして置いてきぼりを食ったユーザーに対しては,クリステンセン教授が言うところの「破壊的技術」によって生み出された製品を売り込む余地が生まれる,というわけである。ここら辺の議論はイノベーションのジレンマの第9章「供給される性能,市場の需要,製品のライフサイクル」で簡潔に説明されている。

 さて,IT業界はイノベーションのジレンマのテーマパークのようなところである。最近もこの業界を見渡すと,イノベーションのジレンマの典型例ではないかと思われる製品がいくつも登場している。例えば,明らかに性能過剰・機能過剰の「PLAYSTATION 3」と「Windows Vista」は,イノベーションのジレンマの次期改訂版に載ってもおかしくない大型事例であろう。NTTグループが総力を結集して進めている「NGN」も,イノベーションのジレンマの可能性が濃厚だと筆者は考えている。

衆人注目の中で起こったイノベーションのジレンマ

 現在のところ,PLAYSTATION 3とWindows Vistaの販売状況は,大方の予想通り,あまり芳しくない。PLAYSTATION 3は任天堂の「Wii」や「ニンテンドーDS」,Windows Vistaは「『Gmail』などGoogleの各種サービス」という競合相手の出現によって,シェアを伸ばすことができていない。WiiやGoogleの各種サービスがクリステンセン教授が言う「破壊的技術」に当たるかどうかは議論の分かれるところだろうが,少なくとも,これまでとは異なる競争ルールでの優位性で,両者はPLAYSTATION 3とWindows Vistaの前に立ちはだかっている。

 特に,PLAYSTATION 3とWindows Vistaに関して興味深いのは,発売前から何人もの人がブログ等で「これはイノベーションのジレンマではないのか」との懸念を表明し,販売が始まると「やっぱりイノベーションのジレンマだったか」と言われている点だ。つまり,多くの人々が注目する中で,いわば“劇場型”で起こったイノベーションのジレンマの事例なのである。

 ソニー・コンピュータエンタテインメントやMicrosoftという“ベスト・アンド・ブライテスト”の人材を集めている企業でもイノベーションのジレンマを避けられない。イノベーションのジレンマはあらゆる企業が深刻に受け止めるべき問題であるのだろう。