本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

大手製造業系のシステム・インテグレータA社が実施した,「プロジェクトの進め方を革新するプロジェクト」を引き続き紹介する。A社は過去に実施した,合計10の開発あるいは運用プロジェクトの実態を細かく調査した。その結果,プロジェクトの初期段階や,プロジェクトを進める体制に問題が集中していることが判明した。問題点の多くは,プロジェクト・リーダーに関係したものであることも明らかになった。

林 衛(はやし まもる)
アイ・ティ・イノベーション 代表取締役

 「プロジェクトの問題点といっても,色々ありますよね。全部列挙するのですか」。

 「出来上がったシステムのバグとか,オペレーション・ミスが原因で運用段階で起こったトラブルなどは挙げなくて結構です。あくまでもプロジェクトを進める上で発生した問題点を思い出して書いていただけますか。プロジェクトの進め方がまずくて,起こったトラブルは書いて下さい。それと,こうしておけばよかった,という課題があればそれも書き出して下さい」。

 「プロジェクトの進め方を革新するプロジェクト」を実施しているシステム・インテグレータのA社は,過去のプロジェクトの実態調査を実施した。過去のプロジェクトの担当者にアンケート用紙を渡し,プロジェクトの問題点を書き出してもらうものだ。このプロジェクトの実態調査の説明会を開き,プロジェクト担当者たちと冒頭のやり取りをしたのは,ちょうど1年前の98年7月のことである。

 調査にあたって,A社のプロジェクト革新検討会のメンバーは調査すべきプロジェクトをリストアップした。開発プロジェクトが6件,運用・保守プロジェクトが4件,合計10プロジェクトである。プロジェクトというと,システム開発ばかりを思い浮かべがちだが,今回は小規模な開発・改善を含む運用中のプロジェクトも範囲に含めた。

 リストアップされた各プロジェクトについて,実際の作業を担当したA社の社員に,プロジェクトで発生した問題点を具体的に書き出してもらった。「データベースの項目設定を既存の協力ソフト会社ではなく,自社の新規要員に担当させたため,項目設定が10日ほど遅れた」,「システム基盤の設計を別事業部の要員に委託した結果,内容の伝達に不備があったうえ,作業の進ちょくをうまく把握できなかった」といった具合である。実態調査の結果,10プロジェクトから合計148の問題点が抽出された(表1)。

表1●A社が実施したプロジェクト実態調査の結果
表1●A社が実施したプロジェクト実態調査の結果

 A社の社員には,問題点を分析するための分類軸を,できる限り一つひとつの問題点に付けてもらった。その問題点がプロジェクトにどう影響したかとか,その問題点がプロジェクトの工程上どこに位置するのか,その問題点にかかわっていた要員はだれか,などである。

 図1から図6に,分類軸を使った分析結果の一部を示す。問題点が発生した結果,プロジェクトの品質と納期に影響を与えていた(図1)。コストへの影響が少なく集計されたのは,運用中のシステムについてA社は,年間の計画予算枠の中で,色々な小プロジェクトを実施しているためである。個々のプロジェクトごとに厳格な予算管理をすれば,コストへの影響はもっと大きくなるはずだ。A社の特徴は要員のモラールが比較的高いことである。筆者の経験では,通常はもっとモラールに影響が出る。それだけ,A社の社員が責任感があるということだろう。

図1●抽出された148の問題点がプロジェクトに与えた悪影響(複数回答)
図1●抽出された148の問題点がプロジェクトに与えた悪影響(複数回答)

 問題点が発生した工程は,プログラム開発と運用が多い(図2)。しかし,業務分析や設計といった上流工程で発生した問題点の件数をすべて足し合わせると,プログラム開発や運用のそれぞれを上回る。プロジェクト管理の視点で問題点を分類しても,プロジェクトの定義と準備段階に問題は集中していた(図3)。

図2●各問題点が発生したプロジェクトの工程
図2●各問題点が発生したプロジェクトの工程

図3●各問題点をプロジェクト管理の視点から見て分類した結果
図3●各問題点をプロジェクト管理の視点から見て分類した結果

 要員についてみると,148の問題点のうち,50件でプロジェクト・リーダーが関係していた(図4)。プロジェクト・リーダーとは,プロジェクトの実行責任を負っている専任のプロジェクト推進者である。一方,プロジェクト・マネジャは,予算や人事管理,他部門との調整を行う管理職で,一つのプロジェクトの専任とは限らない。マネジャとリーダーは同一人物であることが望ましいが,日本のプロジェクトを見ると役割を分担している例が多い。

図4●各問題点に関係していた要員。148の問題点のうち,3分の1に当たる50にプロジェクト・リーダーが関係していた(複数回答)
図4●各問題点に関係していた要員。148の問題点のうち,3分の1に当たる50にプロジェクト・リーダーが関係していた(複数回答)