NHKは,デジタルラジオ推進協会(以降,DRP)の実用化試験放送の枠組み内で,4月9日に本格的なデジタルラジオ放送を開始した。同時に,デジタルラジオのデータ放送システムを,携帯電話でも受信できる「P2プロファイル」対応に一新。ラジオセンター エグゼクティブ・プロデューサーの小見山佳典氏に,NHKにおけるデジタルラジオの位置づけと,提供する番組の狙いについて聞いた。

(聞き手は隅倉 正隆=IT・放送技術コンサルタント



NHKとして,4月から始めた本格的放送の位置づけは?

 デジタルラジオは,2006年中に東京と大阪で本放送開始を目標に進めてきましたが,諸般の事情で本放送の開始は先送りになりました(関連記事:サービスが始まったデジタルラジオの現状)。そうした状況の中で,実用化試験放送の枠組み内ではありながらも,NHKとしてデジタルラジオというメディアをきっちりと作り上げようと考えています。

写真1●NHK デジタルラジオのデータ放送トップ画面
写真1●NHK デジタルラジオのデータ放送トップ画面
 つまり,“DRPの実用化試験放送へ番組提供を行うことを通じて,魅力あるサービスの開発に努める”ということが,現時点におけるNHKのデジタルラジオに対する位置づけです。4月9日からサービスの充実を図りましたが,デジタルならではの機能をさまざまな側面から活用した番組を試し,それを今後の番組に展開したいと思っています(写真1)。

 デジタルラジオは,現時点では実用化試験放送であることは言うまでもありませんが,もう一つの特徴があります。それは地上デジタルテレビのワンセグ・サービスと異なり,サイマル放送を義務づけられていない点です。サイマル放送ではないからには独自コンテンツを開発していかなければなりませんが,逆に考えると独自コンテンツを自由に作れる新しいメディアであるとも言えます。そういう意味において,将来のデジタル放送の芽になるようなさまざまな可能性を考えながら番組を開発しています。これも広い意味での“実用化試験”との位置づけの放送だと思います。

 NHKは,これからのデジタル時代に公共放送として役割を果たしていく上で,デジタルラジオをとても重要なメディアの一つと考え,さまざまな検証を行っているわけです。

聴取者のターゲットについての考え方を教えてください。

 NHKとしては,特定の層にターゲットを絞るということはありません。それぞれの番組やサービスを,幅広い世代に向けて提供していきたいと考えています。

 現在発売されているデジタルラジオの受信機は,デジタルラジオに対応した携帯電話や,PCに接続して使うUSBタイプの受信機です。その中でも携帯電話がおもな受信端末となるため,この受信端末を利用しているユーザーは一つのターゲットではあるでしょう。現在,デジタルラジオ対応携帯電話を使っている方は,若い男性が多いと思います。しかし,将来のカーラジオや据え置き型ラジオの発売などにも備えて,さまざまな世代にどういった番組やサービスが便利で役に立つのかを検討することも重要です。若い人だけに向けた番組だけではなく,ユーザー層の間口は広く,そしてデジタルラジオの機能を活用して面白く感じてもらえる番組を探っています。

4月の番組編成の考え方,コンセプトについて教えてください。

 デジタルラジオ放送を実施している民放各局は,クラシック音楽やラブソングなど「音楽」に特化した放送,またコアな層をターゲットとした放送など,工夫を凝らしています。NHKの場合,もちろん音楽番組も提供しますが,同時にそれ以外のジャンルの番組も提供します。

 NHKでは,デジタルラジオの放送サービスに5本の柱を考えています。 1つ目はCD並みの「高音質」を活かした音楽番組などを提供するサービス。 2つ目は,「多チャンネル」の機能を活かした番組サービス。 3つ目は「データ放送」を活用したサービス。 4つ目は「人に優しいサービス」です。そして,これら 4つを総合した形の 5つ目として,「モバイルに向けたサービス」があります。これらの5本の柱を基軸にサービスを考えていこうと思っています。

 5本柱に照らし合わせて,音楽以外の教育番組や教養番組,語学番組など,さまざまな番組を編成していくというのがNHKの考え方,基本コンセプトになります。

NHKの番組のラインアップとその特徴は。

 NHKが2007年度の新編成で提供する番組としては,子供向け番組,若い人をターゲットとした番組,音楽番組などがあります(表1)。

表1●NHK Digital Radio 2007年度編成の新番組一覧
ジャンル 番組名 番組時間 概要
幼児・子供向け デジラとあそぼ 30分 就学前の子供たちと一緒に楽しみながら学ぶ幼児向け番組(6月以降開始予定)
漢字だいすき 10分 漢字のつくり,由来,熟語など漢字豆知識を提供。わかりやすいイラストをデータ放送で紹介し,親子で楽しく学ぶ(6月以降開始予定)
アニメ おでんくん 5分 リリー・フランキー原作のアニメ「おでんくん」をデジタルラジオ受信機に向けに静止画映像に編集して放送。音楽・音声はオリジナルで提供する
デジタルMANGA 5分 タイ人の漫画家ウィスット・ポンニミット氏が描くアニメを,絵と音楽によって構成する心温まる漫画番組(6月以降開始予定)
情報 New Traditional 和ナビ 30分 世界に誇る独自の日本文化と「和の心」を若い世代に伝えるための情報番組
みんなのワンニャン生活 5分 犬好き,猫好きの著名人をゲストに迎え,ペットを紹介するとともに,専門家によるワンポイント・アドバイスや快適なペットとの生活のための情報など,すぐに役に立つ情報を提供する
旅の道しるべ 15分 日本各地を紹介するデジタル観光ガイド。音声と連動しながら写真や地図をデータ画面に表示,視覚的にも楽しめる紀行番組
大阪発デジタルバザール 60分 NHK大阪放送局から上方の伝統文化,立体音響による音楽・鉄道紀行・街の表情,最新Cポップ,Kポップなどの情報を日替わりで提供
文学のしずく 15分 明治から昭和にかけての日本文学の名著をあらすじで紹介するシリーズ番組
音楽 ゴールデンエイジ・オブ・ポップス 30分 1955~1984年の全米上位ヒットチャートを体系的に紹介する音楽番組
ロックの殿堂 30分 日本を代表する音楽評論家が,アメリカ・ロックの殿堂が認定した歴史に残るアーティスト153組の音楽を紹介
ヒーリングストーリー 30分 Jポップの名盤で,ストーリーを作り上げる台詞のないドラマ。効果音と音楽だけでつなぐ,心をいやす音楽番組
音の風景 5分 アーカイブを活用し,四季折々の日本の風景に流れる「音」と静かなナレーションで構成する音の旅番組
語学 デジタルラジオで英会話入門 15分 「英会話入門」にデータ放送によるテキスト情報を加え,より学習の利便性を図った新しいスタイルの語学放送
多言語むかしばなし 10分 日本の昔話を日本語,英語,中国語,韓国語の4カ国語で放送

 まずはターゲットとする聴取者層の違いを意識した番組作りの説明をしましょう。

 子供向けには教育番組を提供しています。現在は,就学前の幼児に向けた「きっず・いんぐりっしゅ」という語学番組を放送していますが,今後は新番組の「デジラとあそぼ」という30分の教育番組に入れ替わります。この「デジラとあそぼ」は就学前の幼児番組で,例えば4色のイラストがあって,1つをクリックすると,そのイラストに関連した英語が聞こえてくるといった仕掛けを考えています。

 こうした番組は,将来を見越しての検証という側面を併せ持った番組です。例えば将来,カーラジオにデジタルラジオの受信機能が搭載された場合を考えてみましょう。家族でドライブに出かけた際に,デジタルラジオで子供向けの番組が放送されていれば,同乗している子供たちが飽きずに楽しめるのではないでしょうか。こういったシーンも想定しながら,どんなコンテンツが便利で楽めるのかを検証していこうというわけです。

 一方で,携帯電話がおもな受信機のモバイル向け放送ですので,若い人が使うシーンも多いでしょう。こうしたターゲットに向けては,リリー・フランキーさんの人気アニメ「おでんくん」(写真2)をデジタルラジオ用に再編集し,気軽に携帯電話で漫画を楽しんでもらおうと思っています。また,アニメではもう1つ,タイ人の漫画家ウィスット・ポンニミット氏が描くアニメを絵と音楽とで紹介する「デジタルMANGA」(写真3)を放送します。

 また,人にやさしい放送を目指して,ニュース番組で高齢者にも聞き取りやすいようにゆっくりとアナウンスする「ゆっくりラジオ」を提供しています。メインチャンネルでは普通のニュース「きょうのニュース」を放送し,サブチャンネルでこの「ゆっくりラジオ」を放送しています。多チャンネル放送の活用の一つの例とも言えます。

写真2●おでんくん  写真3●デジタルMANGA
写真2●おでんくん
リリー・フランキー原作の人気アニメをデジタルラジオ向けに編集。(c)リリー・フランキー,Oden to the people
  写真3●デジタルMANGA
タイ人の漫画家・ウィスット・ポンニミットが描く漫画と音楽によって構成。