「最近驚くのはこのスピード感なのです。この加速度が上がっているのが恐ろしいほど」---梅田望夫氏が,茂木健一郎氏との対談をまとめた「フューチャリスト宣言」(筑摩書房刊)の中でこう漏らしている。「ネットの性格として,情報の伝播速度無限大コストゼロ,これが本当に動き出したな,という感じが去年くらいからあります」(梅田氏)。YouTubeが,サービス開始からたった1年で世界を席捲したことがその象徴だ。Googleは1998年に創業し2004年に上場した。確かに変化のスピードが上がっている感がある。

 これに似た言葉を最近目にしたことを思い出した。Rubyの作者であるまつもとゆきひろ氏が、Webアプリケーション・フレームワークRuby on Railsの進化に「この流れのどこに突っ込めばよいのかわからない」と驚嘆していたことだ。

Ruby on Railsの進化の「次元の違うスピード感」

 発端は,最近注目されているミニメッセージSNS「Twitter」の開発者へのインタビュー記事だ。TwitterはRuby on Railsで構築されており,開発者のひとりであるAlex Payne氏がインタビューで「性能面での問題と格闘している」と話したところ,オープンソース開発者のNic Williams氏が問題を解決するプラグイン・ツールMagic Multi-Connectionsをリリースした。

 インタビューが公開されたのが2007年の3月29日で,Magic Multi-Connectionsがリリースされたのが4月12日。わずか2週間。まつもと氏すら「どこに突っ込めばよいのかわからない,この流れ」と,そのあざやかでスピーディな顛末に驚く。まつもと氏ですらあっけにとられるくらいだから,当然記者には残像すら見えない。

 昨年のことだが,Ruby用HTMLテンプレートライブラリ「Amrita2」の作者である中島拓氏は「Railsがこれまでのケースと違うのは,そのスピード感」と喝破している。「Railsの進化は無茶苦茶早い」と。中島氏はその理由を,オープンソースを空気のようにあたり前に呼吸する,新しい世代がかかわっているからではないかと推測する。コードを空気のように吸い込み,吐き出す。そのことによって「次元の違うスピード感」がもたらされている。旧世代にはできない,それをいともたやすく彼らがやってのけるのは,信頼というスキルを獲得しているからと中島氏は言う。

 「信頼がRubyの真髄」とまつもと氏も指摘する。すべてのオープンソース・ソフトウエアにとって信頼は真髄ではないか。いや,ソフトウエアに留まらず学術研究や芸術,エンタテイメントなどさまざまな分野でこのような人間の進化が起きていくのかもしれない。

 もちろん世界は,信頼することのできる善意だけで作られてはいない。かつてRubyの公式サイトがクラックされ不正侵入を受けたこともある。それでも,「世界にある善意の総量は悪意より大きい」と言うのは,Linuxカーネル・プログラマのミラクル・リナックスCTO 吉岡弘隆氏だ。大げさに言えば,だからこそ人類はこれまで生き延び,文明を築き上げることができた。

リアルの地球と対をなす“もう一つの地球”

 それにしても,インターネットはもうすでに充分,我々の社会や生活を変えた。にもかかわらず今もなおネットの進化が加速しているのだとすれば,それはどこへ向かおうとしているのだろう。

 冒頭に挙げた「フューチャリスト宣言」のなかで梅田氏は「これから2050年,2060年,2070年にくらいまでにかけて,リアルの地球と対になったような空間ができていきます」と語っている。そこはリアルの世界と違う物理法則で動く「『知』や『情報』の世界」だという。

 それは3次元グラフィックスで再現された地球だろうか。おそらくはそこが到達点ではない。茂木氏が指摘するように,飛行機がトンボや鳥と異なる方法で飛ぶのと同様,もう一つの地球は,リアルな地球とは異なるやり方で「知」や「情報」を空へと舞い上がらせるのだろう。

 そのようなもう一つの地球で価値を持つ人間とは,どんな人間だろう。複製コストゼロの世界では,他人と同じことをいくら懸命にやっても意味はない。他人と違うことが価値を生む。梅田氏は「好きを貫くことが競争力になる」と若い世代へと語りかける。茂木氏は「組織に縛られるな,空白が創造性を生む」とエールを送る。

 人間が変わらなければ世界は変わらない。人間が変われば世界が変わる。彼らの言葉が,記者にはそう聞こえた。