「ドラッカーはモデルが嫌いでした。膨大な著作の中にも、モデルや図をまったく入れていません」。

 ドラッカーの著作を長年訳してこられた上田惇生氏にこう言われ、なるほどと思った。ドラッカーの本をあれこれ見てみると、確かに文字だけであって、コンサルタントが書いた本に必ずといってよいほど出てくるモデル図は皆無である。

 モデルの話になったのは、「本サイトの読者の方と“モデル図”についてあるやりとりをした」と上田氏に話したからだ。ある読者の方が、本欄第12回「組織が必要とする四象限の情報」の内容を図にした上で引用したい、と電子メールを送ってこられた。ドラッカーは組織が必要とする情報を四つの分野に整理しており、『未来への決断』『明日を支配するもの』『初めて読むドラッカー チェンジリーダーの条件』といった著作で、四分野について説明している。第12回の拙稿は、四分野をマトリクスにして紹介したものであった。関連箇所を再掲する。


 ここで読者の方々は、四象限のマトリクスを頭の中に描いて頂きたい。マトリクスの横軸に情報の入手場所を、縦軸に情報の目的をとる。情報の入手場所とは、企業の中にある情報か、あるいは外にある情報か、といった区別のことである。一方、情報の目的とはちょっと分かりにくいかもしれないが、イノベーションを推進し富を創出するための情報か、それとも企業活動のコストに関わる情報か、といった違いを指す。


 「四分野をマトリクスにして紹介した」と書いたが、文章で説明しただけで、マトリクスを図示してはいなかった。読者の方は、マトリクスを図にして現在作成している論文に掲載したい、とメールに書かれていたので、「かまいません」と返信した。本来なら、ドラッカーの原著に基づいてマトリクスを作成した、と記載すればそれでいいのだろうが、読者の方は拙稿をご覧になって図を作ったので、こちらに問い合わせをしてこられたのである。

 以上のやりとりを上田氏に話したところ、冒頭の「ドラッカーはモデル嫌い」という話になった。上田氏によると、コンサルタントや学者がモデル図を作り上げ、そのモデルに採用した言葉の定義を説明することに対し、ドラッカーは「時間の無駄」と言っていた。

 この発言には注釈が必要である。上田氏は、「モデルの限界を十分理解した上で使うのであれば、ドラッカーは否定しない。ドラッカーは、限界を知らない人、あるいは限界を説明しない人を嫌った」と語る。

 モデルの限界とは何か。社会や企業は生き物であり、変化するから、固定したモデルですべてを割り切れないということである。マトリクスであれば、ある定義にそって境界線を引く。その境界線は不変ではなく動く可能性がある。そのことを頭に入れてマトリクスを使うのであればいい。そうではなく、モデルの境界線や座標軸が絶対と思ってしまったら、大きな間違いを犯す危険がある。

 モデルが便利な道具であることは間違いない。優れたモデルを使うと、物事の全体をうまく整理でき、気が付かなかった課題を見出せる。現場の各論の解決に走り勝ちな日本企業にとって、各論をいったんモデルの中に置き、優先順位や課題の整理をすることは意味がある。ただし、美しい絵を描いただけで物事は進まないし、いったん進み出したとしても絵の通りにはいかない。臨機応変が必要である。

(谷島 宣之=経営とITサイト編集長、ドラッカーのIT経営論研究グループ)