前回に引き続き、「MOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)」に関連するコラムを再掲する。MOTは、IT(情報技術)に限った話ではないが、経営の新潮流の一つであるので、本サイトにおいても取り上げていきたい。今回再掲するのは、日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)というサイトに、「故・真藤恒氏からMOT(技術経営)を学ぶ」という題名で、2004年2月18日に掲載した短文である。
 NTTの社長と会長を歴任した真藤恒氏が亡くなったのは、2003年1月26日のことである。早いものでほぼ4年が経過したが、今や真藤氏に関する報道や論評は全く見られない。亡くなった直後の訃報記事においても、過去の人という扱いであった。しかし、MOT(技術経営)を考えるとき、真藤氏の経営を振り返ることは意義深い。
 本欄のテーマは、経営やビジネスを進めるうえで知っておくべき、IT(情報技術)の常識やマネジメントの勘所である。真藤氏を取り上げるのであれば、NTTとITといったテーマで書くべきであろうが、以下の記事は、技術経営の実践者という視点で書いた。

 真藤氏のことが気になり出したのは、亡くなった時のマスコミの扱いが小さかったからである。1988年12月にリクルート事件に絡んでNTTの会長を辞任してからは表舞台には登場しなかったものの、造船業における貢献や、NTTの民営化に果たした役割を考えれば、もう少しまとまった記事や論評が掲載されてもいいのではないか、と思ったものである。

NTTは真藤氏を黙殺

 訃報に接した後、「真藤氏のことを書いて世に問うべきだ」と力説する人に相次いでお目にかかった。その1人が東京大学の宮田秀明教授である。宮田教授と話していて、「MOTを実践した経営者の実例としてどなたが適切でしょうか」と質問したところ、「真藤さんでしょう」という回答であった。ちなみに宮田教授は、石川島播磨重工業の出身であり、真藤氏の薫陶を受けた最後の世代に属している。
 さらにNTT関係者に会うたびに、真藤氏の話が必ずといってよいくらい出た。あるNTTのOBからは、「真藤改革がその後どうなったか。マスメディアはちっとも検証していない」と叱られた。実はNTTにおいて、真藤氏の存在は今やタブーである。NTTのウェブサイトに「真藤恒」と入力しても何も出てこない。「NTTとして社葬を控えるべき」という意見もあったという。
 ここまで書いて、ふと思い立ち、著名なインターネット検索エンジンに、「真藤恒」と入力してみた。検索結果は、たったの464件であった。ちなみに筆者の名前を入れてみると、552件も出てきた。これは明らかにおかしい。さらに、真藤氏の著書をインターネット書店で検索してみると、すべて絶版であった。つまり真藤氏について何かを調べようとすると、図書館に行くぐらいしか方法がない。

労働災害への対策から技術経営を身につける

 真藤氏というと、「ミスター合理化」「コストダウンのプロ」といった形容詞がついてまわる。古きよき製造業の経営トップという感じである。しかし著書を読んでみると、その考えは現在でもあらゆる産業に通用するものだ。NTTの会長に就任した88年に出版された著書『習って覚えて真似して捨てる』(NTT出版)が面白いので、以下ではさわりを紹介したい。
 本書によると、真藤氏が技術経営者として目覚めたきっかけは、造船の現場における労働災害であった。52~53年当時、「仲間の命を捨て、健康を害してまで船を造る値打ちがあるのか」と神経衰弱のような心理状態になったという。
 労働災害への対策として始めたのが小集団活動であった。この活動を進めたことにより、「船の建造工程の内容を、昔のイメージがないまでに変えてしまった。結果として、先輩から習ったことはみな姿を消した」そうである。真藤氏のモットーである「習って覚えて真似して実行して最初に習ったことを捨てる」は、この体験から生まれた。
 この体験から真藤氏は、「合理化を進めていくと、最後は設計からやり直すことになる」と気づく。「災害が現場で起こる問題だからといって、現場ですべて対応できると思ったら間違いである」「現場の人間に『注意しろ』というのは下の下で、注意しなくもケガをしないような環境(中略)を考えるのが技術者の役割だと思う」。