20年以上記者をやっているからか、生まれつきなのかは分からないが、筆者の性格は多少歪んでいるようである。ジャーナリストの仕事を、天下国家を憂いたり、政治家や大企業の不正を追求することだと思う人がおられるが、筆者はそうした話にほとんど関心がない。しかし、ジャーナリズムのおかしい点を追求するのは大変楽しく、やる気が出る。
 今回公開するのは、日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)に2004年8月25日付で掲載した『マスメディアのIT音痴に関する「傾向と対策」』というコラムである。冒頭を少し書き直したが、それ以外は2年前に書いた通りである。筆者は今もこう考えているからだ。ただし、公開当時、読者からかなりお叱りをいただいた。記者がダメだから企業は自分で身を守れ、と書いたことに対し、「話が逆だ」と立腹された方がいらっしゃった。メディアがしっかりすることは必要だが、それはそれとして自己防衛も必要だと思う。


 あるコンサルタントから「経営者を批判する前に、記者の方を批判したらどうか」というご意見を頂戴した。そのコンサルタントの専門領域は金融ビジネスと情報システムである。新聞やテレビなどマスメディアの報道に接するたびに、情報システムに関する記者の不勉強と不見識を痛感するという。筆者の原稿について彼は次のように言ってきた。

 「情報システムを持ち出されると、金融担当の記者は思考停止になってしまい、すぐ納得し、そのまま記事を書く。だから多くの金融機関の経営者が情報システムを方便に使うようになる」

企業の情報システム活用は取材の盲点

 確かに情報システムの取材を長年していると、システム担当役員やシステム部長から「マスメディアの報道がひどい。もうちょっと何とかならないか」と言われることがある。ちなみにこうした方々は「専門雑誌の報道は問題ない」と言っているわけでは全くない。「経営者は専門誌を読まないが、新聞やテレビは見る。だから新聞やテレビの報道をもっとちゃんとしたものにしてほしい」という理屈である。
 そうした話になった時、筆者は次のように説明していた。企業や団体が情報システムを利用活用するための工夫や苦労を取材している記者の数はそれほど多くない。申し訳ないが、だからなかなか記事が正確にならないのです、と。
 日本経済新聞を例に取れば、多数の記者を抱えており、それぞれ金融や製造業、流通業など担当を決めて活動している。しかし彼らは、担当業界で最も重要なテーマを追いかける。金融であれば経営統合や不良債権の問題であり、自動車であれば新車の発売や新工場の建設、小売業であれば店舗計画や提携といった具合である。情報システムの利用活用に関心を持っている記者は少ない。
 一方、IT(情報技術)産業を取材している記者はいる。ただし彼らは、マイクロソフトやIBM、あるいは富士通やNECなど、ITを本業としている企業の動向を取材している。このため金融や自動車や小売業の情報システムの取材まで、なかなか手が回らない。
 IT産業を取材していた記者が異動して他の産業の担当になり、情報システムの取材をしようとすることもある。だが今度は取材される企業が喜ばない。製造業であれば、情報システムのことより、新製品の方を大きく書いてもらいたがる。従って情報システムの取材にあまり応じないということになり、記者は勉強を続けられなくなる。
 ここまで書いて、十数年前、ある自動車メーカーの広報部門に情報システムの取材を申し込んだ時のやり取りを思い出した。広報担当者は「情報システムが記事になったとして、うちの車が何台売れますか」と言って、取材を断った。納得してはいけないのであるが、あまりにもきっぱり言われたので、そのまま引き下がってしまった。