日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)というサイトで連載してきた『経営の情識』において、筆者は金融機関の情報システムを題材に、情報システムの機能や性能と、経済性やリスクとのトレードオフについて論じてきた。高度で複雑なシステムを作ってしまうと、コストもかかるし、リスクも高まる。
 邦銀の情報システムは世界に例を見ないほど、高度なものである。こう書くと、「日本の銀行は顧客サービスなど考えていない」と反発する読者がおられる。では、当事者の銀行経営者はどう考えているのか。2004年2月4日に公開した「長老が語る『邦銀の情報システム、その栄光と悲劇』」を再掲する。


 「我が国の銀行は皆、複雑な情報システムを競うようにして導入し、世界に例を見ない精緻な銀行間ネットワークを実現した。その半面、ここまで決済をシステムに依存させたことで、今日のリスクを生んだ。なぜあんなシステムにしたのか、と言われるかもしれない。正直言って、あっという間にああなってしまったんだね」。ある銀行の長老はこう述懐した。
 この長老は、1980年代に日本の銀行がこぞって構築した第3次オンラインシステムの導入をリーダーとして指揮し、その後、銀行の経営にも関与した方である。筆者がこの発言を聞いたのは、2002年秋のことであった。その年の正月から春にかけて、都市銀行で情報システムの障害が相次ぎ、大きな話題となった。彼はその騒動を振り返って、冒頭のように述べた。
 筆者が長老の発言を思い出したのは、2004年1月に起きた「統合ATMシステム」の障害の報道に接したためだ。統合ATMは、複数の銀行のATM(現金自動預け払い機)を相互接続する新しい仕組みである。そこに障害が発生し、ほぼすべての銀行、そしてその顧客に影響を与えてしまった。これ以外にも、個別銀行のシステム障害や操作ミスが起こっている。
 そこで何か書こうと思ったのだが、本コラムでは以前にも銀行の情報システムについて何回も論じている。のちほど触れるが、過去のコラムにおいて筆者の言いたいことは書き尽くしている。まだ書いていなかった話はないかと考えていたところ、長老の発言を思い出したので、それを紹介することにした。

「無我夢中で作った」

 「大手銀行のシステム障害が相次いだ。ATMが止まったり、口座振替にミスが出たりして、世間を騒がせた。銀行としては申し訳ないとしか言えない。ただ一連のトラブルによって、決済の仕組みが情報システムと不可分であることが周知の事実となった。顧客の方が何気なく使われている口座振替の裏方として、巨大な情報システムが常に動いている。このことがクローズアップされ、情報システムの存在が認知されたという一点については良かったと思う」

 「システムに障害が起き、開発や運用は大変なんだと言うと、なぜあんな複雑かつ巨大なものを作ったんだ、と批判される。カネがかかりすぎるという批判もある。確かに、米国の銀行のシステムと比べ、邦銀のシステムの負荷ははるかに重い。これだけ複雑かつ巨大なものを作ってしまうと、その維持にカネがかかる。オンラインシステムも設備だから当然、経年劣化する。そこを現場の行員や協力ソフト会社の人たちが懸命に支えている」

 「顧客の方からは批判があるだろうが、そもそものことを言えば、顧客の利便性を高めようと思ったから、ああしたオンラインシステムの開発に突き進んだ。当時の状況は、利便性を高めて顧客数と預金量を増やせば、それだけで収益が上がった」