情報システムの機能とコストはトレードオフの関係にある。高機能のシステムを作れば、その分、高くつくということだ。日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)というサイトで連載してきた『経営の情識』の中から今回、機能とコストのトレードオフを論じたコラムを再掲する。2003月9月1日に公開した『UFJ銀がATM24時間稼働、銀行は営利企業か公共機関か?』である。


 2003年8月20日付日本経済新聞の1面に、「UFJ銀行が今秋から、ATM(現金自動預け払い機)を24時間稼働させる」という記事が出た。顧客の利便性を優先しようという姿勢だが、ひょっとするとUFJ銀行は収益重視の民間企業ではなく、採算度外視でサービスをする“公共機関”を目指すことにしたのかもしれない。
 大手銀行でATMを24時間稼働させるのは、UFJ銀行が初めてである。このニュースを読んだ読者の方はどう思われただろうか。「24時間稼働は欧米では当たり前。ようやく始めるという話がなぜ日経新聞の1面に載るのか」「ろくに利息もつけないくせに、夜間利用に1回105円の手数料を取るのはけしからん」と批判的な感想を抱いた方もおられるだろう。

トップダウンで決定、「採算より顧客サービス」

 ATMの24時間稼働は、寺西正司頭取がトップダウンで決めた。「ATMを24時間動かすには数十億円の投資が必要になり、手数料を取っても採算が合いません」という反対意見もあった。だが寺西頭取は、「当行は顧客満足度を徹底追求する」と言って反対意見を退けた。今のところ24時間稼働に追随する大手銀行はない。銀行の横並び経営から脱却した点は評価できるのかもしれない。
 また、24時間稼働を実現するUFJ銀行の情報システム部門の力量は大変なものだ。2002年1月のUFJ銀行発足当時は、口座振替処理のミスでつまずいたものの、情報システムの統合作業そのものは1月に一気に完了した。いささか専門的な話になるが、全店で統合システムを一斉稼働させるやり方を取ったのはUFJ銀行が初めてだ。一斉稼働は短期間で統合を終えられるが、技術的には非常に難しい。
 UFJ銀行が今使っているシステムは、三和銀行が開発したものだ。三和銀行はもともと、ATMの稼働時間延長に積極的で、土日にATMを稼働させる「サンデーバンキング」でも先鞭をつけていた。そしてシステムの仕組みのうえでは、かねて24時間稼働ができる体制を整えていた。
 日経新聞の記事には、「欧米はもとよりアジアでも浸透している24時間稼働」という表現があった。これではUFJ銀行が当たり前のことをするだけのように読める。実態は違う。日本の銀行と海外の銀行とでは情報システムの仕組みが異なる。日本の銀行のシステムは、顧客がATMを使うと瞬時に、大型コンピューターに格納されている顧客の元帳データを更新する。残高の範囲であればいくらでも引き出せるし、通帳記帳もできる。これに対し、海外の銀行は瞬時に元帳を更新しないことが多く、引き出し額にも上限がある。そもそも通帳という処理コストがかかる代物はない。良かれ悪しかれ、日本の銀行システムの方がはるかに複雑であり、24時間稼働の難易度は高い。

個人顧客を集めても利益は出ない

 こう見てくると、経営トップの明快な指示に、システム部門が技術力でこたえる事例と言えなくもない。しかし手放しでほめられるかというと、そうではないと筆者は思う。
 UFJ銀行のトップは、「顧客の利便性を高め、顧客満足度を引き上げれば、収益がついてくる」と考えた。1980年代ならこの考えは正しかった。顧客サービスを充実させて預金を集めることが、銀行の収益拡大をもたらしたからである。このため各銀行は巨費を投じて、世界に冠たる情報システムを構築した。しかしほとんどの銀行がシステムを整備したため、技術的には素晴らしいシステムではあったが、経営上は他行との差別化にさほどつながらないという事態に陥った。
 今日では、一般の個人顧客の預金をいくら集めても、収益にはつながらない。むしろ通帳を発行したり、ATMサービスを提供したりすればするほど、銀行にとっては持ち出しになる。銀行に利益をもたらす個人顧客は一握りの富裕層である。こうした顧客は夜中にATMを使ったりしないだろう。

 銀行は昨今、批判されることばかりである。従って、「日本の銀行は欧米の銀行より顧客指向が強い」などと書くと立腹される読者が出るかもしれない。それでもATMや口座振替サービスを見る限り、利便性の高さでは日本の銀行が世界的に見て突出している。
 1980年代に、米銀の情報システム視察ツアーに参加したある大学教授から、面白いエピソードを聞いたことがある。邦銀のメンバーと、応対した米銀側との話が全くかみ合わなかった。その大学教授によれば、「日本の銀行はシステムをどう使ったら顧客サービスが向上するか、という質問ばかりする。一方、米銀は顧客サービスなど全くと言っていいほど考えておらず、どうやって利益を上げるかだけを考えていた。だから情報システムを顧客サービスではなく、顧客情報の分析やマーケティングに使う話が中心だった」。これに邦銀側はあまり関心を示さなかったという。

国有化への“布石”とも思いたくなる

 もっとも日本の銀行が顧客サービスの充実だと思っていても、顧客がそう認識しているかとなると、話は別である。「深夜であってもATMの手数料を取るな」と主張する顧客は多い。つまり顧客サービスというより、そうするのが当たり前という認識である。こうした日本の顧客は、銀行を営利企業というより、公共サービス機関と見ているのだろう。
 ここから先は筆者の妄想である。UFJ銀行は、収益を拡大すると言いつつ、実は公共サービス機関を目指そうとしているのではないか。つまり採算を度外視し、顧客サービスを追求し続けるのである。採算を考えないのであれば、国の事業としてやった方がよい。ATMの24時間稼働は国有化への“布石”ではないかとさえ思いたくなる。

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 以上のコラムはちょうど3年前に公開したものである。その後、UFJ銀行は、東京三菱銀行と経営統合をすることになった。24時間サービスについては継続する方向である。
 また、このコラムについて読者の方から、「邦銀は顧客サービスなど考えていない。米銀のほうがよほどサービスがいい」というご意見をいただいた。コラムに書いたように、少なくとも邦銀は顧客サービスを充実させるつもりで取り組んでいるが、それが真のサービスかどうかは別である。
 一方、コラムの中である大学教授が述べているように、「米銀は顧客サービスなど全くと言っていいほど考えておらず、どうやって利益を上げるかだけを考えていた。だから情報システムを顧客サービスではなく、顧客情報の分析やマーケティングに使う話が中心」であった。しかし、こうした米銀の意図が顧客から見えるかどうかは別である。少なくとも、ご意見を寄せ頂いた読者にとっては、米銀の取り組みが上等なサービスに見えたわけだ。
 銀行業はビジネスである。顧客が満足し、銀行も儲かる。この理想に邦銀がまだ遠いことは間違いない。

(谷島 宣之=日経ビジネス編集委員)