情報システムの安全性と経済性はトレードオフの関係にある。つまりあまりにも安全に配慮したシステムを作ってしまうと、高くつくということだ。日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)というサイトで連載してきた『経営の情識』の中から今回、トレードオフを論じたコラムを再掲する。2002月12月2日に公開した『銀行のATMは時には止まる トラブル発生を前提に代替案を』である。
 公開当時、複数の読者からお叱りを頂戴した。「ATMが止まってかまわないとする神経が分からない」といった主旨のご意見である。筆者は「ATMが止まってもかまわない」とは書いていない。「ATMを絶対に止まらないようにすることは不可能だし、不可能に挑戦するとコストがかかりすぎる」と述べたつもりであった。コンピューターに限らず、絶対に止まらないシステムは作れない。作れないが、与えられた予算と時間の範囲内で最善を尽くすということだ。

 銀行のATM(現金自動預け払い機)が使えなくなるトラブルが起きると必ず、新聞が報道する。都市銀行ですべてのATMが止まってしまった場合、テレビも報道する。家庭の主婦が登場し、「大切なお金を預けているのだから銀行はしっかりしてほしい」などと言う。しかし、ATMが半日止まったとして、そんなに困るのであろうか。
 かなりの利用者は、郵便貯金や複数行に口座を持っている。ATMが動いている別の金融機関に行って、振込をするなり、お金をおろせばよい。他行振込にかかった手数料は、ATMを止めた銀行に請求すれば払ってくれるだろう。あるいは半日くらい待っていれば、止まっていたATMは必ず復旧する。
 2002年の春に起きた大手都市銀行のトラブルでは、ATMの停止に加え、口座振替の遅れが指弾された。確かに口座の残高が合わなくなったのはミスである。しかし、振替処理が数日遅れたとか、振替処理は済んだがその確認の通知が遅れた程度なら、それほど深刻な問題ではないだろう。
 実は、銀行のATMに限らず、コンピューターシステムというものは時には止まることがあるし、間違ったことをしでかす。利用者は、システムが完全ではないことを前提にして、自分の仕事に影響が出ないような代替案を用意しておく必要がある。

戦略に応じシステム構築の方針も変えるべき

 「システムは時には止まる」。これは真理であるが、経営者や一般の利用者にとってはなかなか承服しがたい話である。「システム開発に毎年かなりのカネをかけている。にもかかわらず止まることがあるとはどうなっているんだ」と怒り出すだろう。
 どうしてもコンピューターシステムを止めたくない経営者はもっとお金を使えばよい。システムの二重化を徹底するとか、ネットワークをさらに複線化するとか、いろいろな手がある。大金を投じれば、システムが止まる可能性は低くなる。それでも100%止まらないシステムを作ることは無理だ。
 コンピューターシステムをどの程度強靱なものにするか。これは各企業の経営者が費用との兼ね合いを考えて、それぞれ決定すべきことである。そしてその経営判断をビジネスを通じて一般利用者へ訴える必要がある。
 こうしたことをせずに、ATMが止まるたびに、金融庁と利用者に対して謝罪し、行内の情報システム担当者を叱りつけているだけでは何も解決しない。
 例えば、「当行は他行より高金利の金融商品を提供する戦略を取る。ATMを止めないことよりも、商品開発とそれを支えるシステムへの投資を優先する。カネがかかる24時間連続稼働はあきらめ、ATMは日中だけ動かす」と宣言する頭取が登場してもよいではないか。
 逆に、「当行はこの地方の最大手金融機関である。当地には他行のATMがあまり設置されていない。従ってATMとそれを支えるコンピューターシステムに積極投資を続け、極力止まらないシステムを目指す」という経営方針を取る銀行があってもよい。

止まらないようにするには莫大なカネがかかる

 日本のすべての金融機関が一律にATMを止めないための投資をするというのは、金融自由化に反する動きである。ところが今春の大手都銀のトラブルを契機に、金融庁は金融機関に対し、「システムの安全性を高めよ」と指導している。本気で止まらないシステムを作ろうとしたら、カネがいくらあっても足りない。
 採算を度外視して、止まらないシステムを完成させたものの、システム投資がかさんで本業が左前になっては本末転倒と言える。競争上大事なシステムの開発に後れを取ってしまうかもしれない。
 そもそも日本の銀行のATMは相当な過剰サービスである。残高を即座に更新し、どの他行ともネットワークを介して接続でき、通帳にも記帳してくれるシステムを維持しているのは日本の銀行だけ。これだけのサービスを利用者は口座を作るだけで受けられる。これに対し、米銀のATMは引き出せる金額はかなり制限されているし、「現金切れ」で引き出せないこともある。しかも米銀は口座維持手数料をしっかり徴収する。
 もちろん、絶対止まっては困るシステムは確かにある。銀行でいえば、国内為替を処理するシステムである。企業の手形など資金決済を左右するシステムであり、短期間でも停止すると被害が大きくなる。
 よそを見渡せば、鉄道の運行管理、発電所の制御といったシステムは、トラブルが生じれば銀行のATMよりはるかに深刻な問題が発生しかねない。こちらは人命にかかわる。当然、相当の投資をして、極力止まらないように作られているし、万一の時に備えた対策も講じられている。

(谷島 宣之=日経ビジネス編集委員)