三城氏写真 筆者紹介 三城 雄児(みしろ・ゆうじ)
ベリングポイント マネージャー

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。都市銀行、ベンチャー企業、国内系コンサルティングファームを経て現職。特定非営利活動法人日本イーラーニングコンソシアム調査委員会委員長。民間企業や行政組織の人事改革に取り組むかたわら、組織・人事に関わる各種の講演・執筆など積極的な活動を行っている。

 第4回では、組織内コミュニケーション強化の必要性と具体的な施策をいくつか紹介したが、第5回では、公務員型組織におけるトップのメッセージを職員に広く伝えるにはどうしたらよいのか、そして、その手段としてeラーニングを有効活用した改革手法(「使わせるeラーニング」)を紹介したい。

数週間で忘れ去られるトップのメッセージ

 「今年初め、経営トップが発言した内容を覚えていますか?」――公務員型組織の教育研修の場で質問すると、ほとんどの職員から「覚えていない」という答えが返ってくる。通例では、自治体の長や公益法人の理事長が、年頭所感として方針を伝達する。だが、そこで発言された内容は数週間、いや数時間もすれば、すっかり忘れ去られてしまうのである。

 民間企業の場合は、トップの発言内容が経営目標として数値化されたり、重点施策として取り上げられたりするため、ここで打ち出された方針が現場の目標に落とし込まれていくのが一般的だ。しかし公務員型の組織では、経営トップがいくら大きな絵を描いて発言したとしても、その方針を浸透させるためには法令や規程を変更するなど細かい手続きが必要になることもあって、かなりのタイムラグが発生しやすい。そうこうしているうちに、当初の発言は忘れ去られ、職員は通常と同じ業務に再び没入してしまうこととなる。

 この原因は2つある。1つは「質」の問題、つまりトップメッセージに説得性・具体性がないために忘れ去られてしまうことである。従業員の興味・関心を理解しないで、独り善がりの発言になってしまえば、共感を生むような発言はできない。公務員に限らず組織のトップは、現場職員の興味・関心をいち早く察知して、具体的な事例やデータを用いながら発言していくことが必要だ。そのためにも、前回第4回で紹介したサーベイの活用など、説得性・具体性を増すための工夫が必要である。

 もう1つの問題は「量」である。トップメッセージを伝える機会が圧倒的に不足しているのだ。公務員型組織では、方針を伝達する場が年頭所感しかないケースもよく見受けられる。そのような組織では、現場の末端の職員にとってトップは遠い存在であり、一度も会話したことが無いということも多い。トップは職員に対する発言量を増やさなければならない。

 しかし、単に発言の回数を増やすだけでは効果は限定的だ。そこでは、様々な媒体を用いて様々な角度から発言していくことが求められる。一つのメッセージを複数の手段を用いて伝えることで、情報伝達の質も量も同時に高まるからだ。トップの思いや理念は、繰り返し伝えることで、職員の記憶と行動に定着していく。その際には、電子メールなどITを活用して、集団向けのメッセージだけではなく個人向けのメッセージも加えていくことが有効である。ITツールのなかでも、筆者はeラーニングの活用を推奨したい。

「使わせるeラーニング」で多くの職員に方針を伝達する

 eラーニングというと多くの人は、人事教育部門により企画・導入され、集合研修の代替品として用意されているパソコンやLAN上で動く教材のことを想像する。多くの公務員型組織で導入されているのは、このタイプのeラーニング教材である。これを筆者は「使ってもらうeラーニング」と呼ぶ。「使ってもらうeラーニング」は、個人的な知識の習得には有効に機能するが、経営に対する効果は限定的だ。

 筆者がここで提唱したいのは、職員の自発的な利用を期待した教材としての「使ってもらうeラーニング」ではなく、戦略ツールとして経営陣が導入を指揮して、短期間でオリジナルなコンテンツを用意する「使わせるeラーニング」である。

 「使わせるeラーニング」には、例えば次のようなものがある。

  1. 経営トップが4半期ごとに方針を伝達
  2. 部長層以上が集まった会議録をそのまま配信
  3. 国や自治体による新しい法規制やサービスの周知徹底
  4. 業務改善の好事例の紹介
  5. 新しい人事制度の周知徹底

■図1 「使ってもらうeラーニング」と「使わせるeラーニング」
「使ってもらうeラーニング」と「使わせるeラーニング」

 「使わせるeラーニング」は、業務時間中の受講を強制的に義務付けないと効果が出ない。受講状況をモニタリングして、確実に全職員が参加するよう管理も徹底する。ただし、教材は5分~20分といった短い時間とし、職員の負担を最小限にするよう配慮したほうがよいだろう。時間を短くするのは、内容に集中してもらうためでもある。

 多くの職員に新しい方針や規則を素早く徹底したい時には、「使わせるeラーニング」は有効に機能するツールとなるだろう。