前回の本欄で次のように書いた。

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 情報通信に関する話題として、数年おきに繰り返されるテーマに、通信ネットワークの活用がある。要するに、ネットワークが速くなり、太くなり、かつ安価になって、大容量のデータ転送が可能になる、その結果、素晴らしい世界が開ける、という話である。ざっと振り返ってみると、ニューメディア、マルチメディア、ブロードバンドといった惹句が使われてきた。最近は、NGN(次世代ネットワーク)という言い方がされている。名称はともかくとして、ネットワークが速く・太く・安くなること自体は結構だが、その結果、どのような素晴らしい世界が開けるのか。こうした利用者にとっての利点となると、昔からはっきりしない。

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 これまで日経ビジネスEXPRESSに公開したコラムの中には、ブロードバンドの用途に関するものが数点ある。前回はその中から、2003年4月21日に公開した『ブロードバンドを何に使うのか』というコラムを再掲した。今回は、2004年1月28日に公開した『「ネットワークで活力ある高齢社会を」麻生総務相大いに語る』を再掲する。麻生氏は現在、外務大臣を務めているが、以下の文章内では、総務大臣のままとした。


 IT(情報技術)やブロードバンド(高速大容量)ネットワークがもたらす価値を説明することは難しい。マスメディアは「IT革命」「ブロードバンド革命」といった表現を乱発するばかりである。そうした中、麻生太郎総務大臣は年初のスピーチで、メディアをメッタ切りにしつつ、ネットワークの付加価値を分かりやすく説明した。
 筆者は2004年1月7日、麻生総務相のスピーチを聴いた。場所は、通信関連企業の業界団体である情報通信ネットワーク産業協会の新年賀詞交歓会であった。通常、こういった場所に出てくる大臣は、用意してきた紙を読み上げるだけだ。しかし麻生氏は何も見ず、情報通信の重要テーマについて、あの独特の口調で語り続け、来場者を大いにわかせた。とりわけメディアの記者を皮肉る発言が来場者に受けており、筆者は耳が痛かった。
 総務省の施策について、筆者なりに批判したいこともいくつかある。だが麻生総務相の話の分かりやすさは特筆すべきことと思ったので、今回紹介してみたい。
 ブロードバンドを例に取ると、その普及のためには、分かりやすく、ありがたみのある応用事例を出さないといけない。しかし、メディアは「2時間分の映画を数分間で手元のパソコンに取り込める」といった話ばかり出す。その程度のことでは、町のビデオレンタル店の方が安くて便利である。これではブロードバンドの必要性を多くの人に納得させられない。

メディアの事例はいつも同じ

 麻生総務相のスピーチの結論は、「モバイルコミュニケーション、すなわち移動体通信の技術を使って、日本を活力ある高齢社会にしよう」というものであった。「いずれ世界全体が高齢社会になっていく。日本が先駆けて活力ある高齢社会を実現できれば、世界各国が日本の方を見るはずだ」(麻生氏)。
 例えば、地上デジタル放送である。「皆さん、これはものすごいことになる。走っている車の中でハイビジョン並みの高精細なテレビが見られる。この意味が分かりますか。急病の方を救急車で運ぶ時に、センターの専門医が患者を診て適切な指示を出せる。早く手を打てば医療費も減る」。
 無線ICタグについても言及した。無線ICタグとは小さなICチップで、これを様々な商品などにつけると、そのチップの情報を読み取ることで商品の移動状況や履歴を把握できるようになる。「ICタグの応用例というと回転寿司ばかり記事に出てくる。これは記者の情報収集能力のなさを示している」と言って来場者を笑わせた後、次のように語った。
 「要するに、大根や荷物が自分でしゃべるということ。これはでかいですよ。海外旅行の時によくトランクが間違った方に持っていかれる。これからはトランクが自分で『わたしはこっちです』って言うんだから。ICタグのコストが下がると世の中を変える。無論、セキュリティーに気をつけないといかんから、ちゃんと研究のための予算をつけている」
 一連の新しい応用例を支える基盤であるブロードバンドネットワークについてはこう述べた。「日本のブロードバンドの値段は世界で最も安い。ヨーロッパと比べると10分の1。しかもカネを使わず、規制緩和だけでこうしたインフラを実現できた。人を批判することをもって職業としている記者諸兄も、この点は認めざるを得ないでありましょう」。

「経済産業省と仲良く手をつなぐ」

 麻生氏は、「日本はお客の要求に応えて商品を作ることにかけては、世界で最も優れている。しかもコミュニケーション技術では一歩も二歩もリードしている。後は、総務省が経済産業省と仲良く手をつないでいけば大丈夫だ」と言ってスピーチを締めくくり、最後まで会場をわかせた。
 その後、2004年1月16日の経済財政諮問会議において、総務省と経済産業省の情報通信政策部門を統合する話題が出た。自由討議の中で、麻生総務相が情報通信に関する縦割り行政の問題を指摘し、小泉純一郎首相が「情報通信省を作ってはどうか」と発言したという。
 総務省は通信業者を、経済産業省はIT業者をそれぞれ所轄している。情報通信のことを考える場合、両省が連携を素早く取る必要が確かにあるが、現状はそうなっていない。ただし、新たな省を作る手間も時間も経費も無駄である。それよりは、麻生総務相の言う通り、両省が日本のために仲良く手をつないでもらいたいと思う。

(谷島 宣之=日経ビジネス編集委員)