ITの西暦2007年問題という言葉がある。2007年が近づきつつあり、IT業界においてこの言葉が再び取りざたされるようになってきた。そこでこの問題は一体何なのか、2007年になにか問題が起きるのか、対策をどうすべきか、といった点について本サイトで考えてみたい。
 まず、この問題について初めて報じたコラムを再掲する。2003年3月31日に、日経ビジネスEXPRESSで公開したものである。これがITの西暦2007年問題を論じた最初の報道であったと思う。公開時の題名は、『ベテラン引退がもたらす情報システムの「西暦2007年問題」』だった。


 今回は非常に難しい問題を提起してみたい。残念ながら解決策を筆者は持ち合わせていない。ぜひ多くの読者の方々が意見を持ち寄って、対策を考えていただければと思う。
 話は単純である。「企業の情報システムを支えてきたベテランが続々と引退している。このため、情報システムがブラックボックスになりつつある」ということだ。筆者は2002年5月に発刊した『システム障害はなぜ起きたか』という本で次のように書いた。
 「(基幹系システムの)老朽化と肥大化がここへ来て、深刻になった原因は、企業情報システムの規模と複雑さと範囲が、その企業が自分で管理できる限界を超えつつあることだ。しかも、複雑なシステムの全体像を見渡せる人材が減少しつつある。これが一連のシステム障害の底流にある大問題である」
 「(複数の都市銀行が)口座振替プログラムという、基本の中の基本でつまづいたのは、ブラックボックスとまではいわないまでも、口座振替の基本的な仕組みを分かっている技術者が現場に少なくなっていることが遠因である」
 その後、あるところで、ベテランの引退問題について説明したところ、会場にいた若いエンジニアから話しかけられた。彼は日本を代表する大手メーカーの社員で、基幹系システムの再構築プロジェクトにかかわっている。

OBに聞かないと分からない

 彼の話はこうである。「過去のシステムに関するドキュメント(仕様書)は残っていますが、実際に作ったわけではない我々が読んでも完全には理解できません。この間、システム部門OBの懇親会がありました。私はこれだ!と思って若手の部下を引き連れ、ドキュメントを抱えて懇親会に押しかけ、その場で大先輩をつかまえて、解説してもらいました。これで、ようやくプロジェクトメンバーの理解が進みました」。
 CSKの有賀貞一取締役は、情報システムにおけるベテラン引退問題を「西暦2007年問題」と呼んでいる。「団塊の世代でも最も人数が多いのは1947年生まれで、日本の情報化を担ってきた人材はその前後の世代に集中している。彼らが60歳になりほぼ完全に引退する時期が2007年だ」。
 もちろん、2007年になると突如として問題が起きるわけではない。問題は既に発生している。このところ相次いで起きている基幹系システムのトラブルの背景には、基幹系の中身を熟知したベテランの不在があると見てよい。
 「中身が分からなくなるなんてことはないだろう」と思われるかもしれない。しかし情報システムの開発作業は属人的な要素が多く、システムの細かい仕様は開発者の頭の中にしか残っていないことが多い。また、一度作ったシステムを毎年のように修整していくので、ドキュメントと実際のシステムの状態が一致しにくい。

コンピューター化を支えた第1世代は力があった

 我が国の企業の多くがコンピューター導入に踏み切ったのは、1960年代の後半からである。その頃、第一線でコンピューター導入を担った若手は今、定年に近づきつつあるか、既に引退している。
 30年近く経ったとはいえ、彼らが作った基幹系システムはまだ動いている。たとえシステム自体は作り直されたとしても、業務の流れや処理の仕組みそのものはあまり変わっていない。このため最初に設計したベテランが基幹系システムの中身について一番詳しいことが多い。また口座振替のような重要だが地味な部分は、ずっと同じベテランが保守を担当しており、後継者を育成できていない。
 引退しつつある第1世代は強力であった。「初めてコンピューターを入れた時、大抵の企業は現場の業務に詳しく、論理的な思考ができる若手を集めた。彼らに無理やりコンピューターの基礎と開発言語、そして事務処理の流れを描く手法を教え込んだ。つまり業務知識、IT(情報技術)、分析手法、そしてプロジェクト経験のすべてを兼ね備えた人材がつくられた」(有賀副社長)。
 これに対し、彼らに次ぐ世代は最初から情報システム部門の要員として配属された。一概には言えないものの、どちらかといえば、システムの専門家が多い。しかもゼロからシステムを作るというよりは、先輩が作った基幹系システムを改良したり、追加のシステムを作ったりする仕事が多かった。
 それでも高度成長の時代は次々にシステム開発プロジェクトがあり、経験を積めた。しかしバブル崩壊後、情報システム部門の予算と人員は縮小される一方で、プロジェクトの件数も減った。この結果、基幹系システムの中に誰も分からないブラックボックスができつつあるだ。

(谷島 宣之=日経ビジネス編集委員・
日経コンピュータ副編集長・ビズテックプロジェクト担当)

※本記事は日経ビジネスEXPRESSで公開したものです。