印刷機の発明によってもたらされたこの前の情報革命は、(中略)今日の情報テクノロジストに重大な教訓を与える。彼らが不要になることはない。しかし彼らの占める位置は、この40年間占めてきたスターのそれから、支援スタッフのそれへと変わる。

 上記の一文は、『明日を支配するもの』からの引用である。「この前の情報革命」とは、500年前に起こった印刷革命を指す。この印刷革命について、ドラッカーは「まず初めに学ぶべきことは、若干の謙虚さである」という。誰もがITによるインパクトを前例がないものと思いこんでいるが、「これほどの間違いはない」。グーテンベルグの活版印刷が「宗教をはじめ社会、教育、文化に与えた影響は、その規模と早さにおいて、今日の情報革命に勝るとも劣るものではなかった」。
 印刷革命の担い手は、印刷職人であった。活版印刷が始まってわずか25年で、印刷職人は時代の寵児になっていたという。「彼ら印刷の匠は、今日コンピュータ・メーカーやソフトウェア(・メーカー)が敬意を払われているように、ヨーロッパ中で敬われた」。
 しかし、それから100年たらずで、印刷職人の地位は、発行人にとって代わられたという。ドラッカーは、発行人たちを「ITのT(テクノロジー)ではなく、I(情報)に基盤をおく人たち」と呼んでいる。同様のことがITにおいても起きる。冒頭に引用した文章にあるように、ITの専門家たちの占める位置は、「40年間占めてきたスターのそれから、支援スタッフのそれへと変わる」。
 もともとIT、コンピュータ、データ処理、インターネット関連の産業は、主役というよりは黒子のような存在である。これらの産業は、情報を処理するインフラストラクチャを提供するだけであり、実際の価値創造は、情報を扱う最終顧客が受け持つからだ。
 つまり、企業でいうと、製造業、流通業、金融業、サービス業が主役であり、IT関連企業は黒子として、こうした主役の情報処理を支援する役回りになる。そもそも企業内の情報システム部門が黒子であるわけで、情報システム部門に協力するIT関連企業も黒子であって当然である。
 ここで黒子とは決して悪い意味ではない。黒子がいないと舞台は成立しない。ただしスポットライトは主役が浴びる、ということだ。問題は、黒子をいかに育て、そのやる気を引き出すかにある。そもそも、スター時代を知るIT専門家は今や少数派になっている。

(谷島 宣之=ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。