今日の人事部はいまだに、コストのもっとも安い、もっとも望ましい労働力は若年社員であるとしている。特にアメリカでは、高年の管理職や専門家が、コストが安く最新の技能をもつとされている若年社員に場所を譲るべく早期退職に追い込まれている。

 『ネクスト・ソサエティ』の中にある「ネクスト・ソサエティに備えて」という章の冒頭で、ドラッカー氏は「人事管理が変わる」と述べ、上記のような指摘をしている。残念なことに、「特にアメリカ」ではなく、「最近の日本も」になってしまった。
 筆者が知る限り、国産コンピューター・メーカーの某社や某社でこうした事象が発生している。かつて日本IBMが他社に先駆けて早期退職制度を始めたとき、「これで日本IBMは終わりですね。これからもっとエンジニアが不足する時代が来るのに、今から戦線を縮小しているわけですから」と豪語していた会社はその後、実質的な人員削減に踏み切った。
 これから先どうなるのか。ドラッカー氏は、ベテランを切って若手を残す人事施策について、「結果は芳しくない」と書いている。そういえば米国企業がナレッジマネジメントと言い出した理由は、ベテランを切りすぎ、さまざまな知識が失われてしまったことへの反省だそうである。
 ドラッカー氏はベテランと縁を切るよりも、「雇用関係の有無にかかわらず、事業のために働く者すべてを対象とする人事を確立する」ことが急務と説く。そして定年者や契約社員など、非正社員を惹きつけ、活躍してもらうことが重要と続ける。
 日本から見ると、米国は人材の流動化が進んでおり、正社員以外の勤務形態も多様になっていると思いがちだが、そうではないということだ。つまり、流動化はしているが、雇用の中心はあくまでも正社員なのである。
 企業に雇用されない生き方を論じた『フリーエージェント社会の到来』(ダニエル・ピンク著、池村千秋訳、ダイヤモンド社)を見ると、米国においてもまだまだ会社人間(オーガニゼーションマン)が中心で、フリーエージェントは医療保険、税制、住宅の面で非常に不利という指摘がされていた。
 つまり非正社員の力を活用する仕組みは、米国も日本も未確立ということだ。米国がその仕組みを作るまで、日本は単純な人員削減という「芳しくない」手法を踏襲するのであろうか。
 話をIT産業に戻す。顧客のアプリケーションをよく知っているベテランを追い出してしまうのは得策ではない。退社後もなんらかの仕組みを作って、彼らのノウハウを利用しないと、現場のアプリケーション開発力は低下する一方である。
 多くの顧客がシステム開発プロジェクトで不満に思うのは次の点である。「業務を分析する作業といいつつ、実態は我々顧客が、メーカーのシステムズ・エンジニアやコンサルティング会社にアプリケーションを教えているだけではないか。なぜ我々のノウハウを教え、しかも開発費を払わなければならないのか」。
 某メーカーはいまだに、社内のシステムズ・エンジニアには製品と開発手法だけを教育し、アプリケーションは教えていない。そもそもアプリケーションを指導できるベテランを追い出してしまったのかもしれない。

 以上の一文を書いたのは2年ほど前であった。2006年の今、IT業界は大型開発案件がいくつか出てきたことから、「エンジニアが足りない」という騒ぎになっている。

(谷島 宣之=ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。