「情報システムの投資対効果を測る方法はありませんか。その方法を教えてくれたら、もっと情報システムに投資をしてもいいですよ」。ある大手メーカーの経営者は、表敬訪問にやってきたコンピューターメーカー社長にこう尋ねたそうである。
 この経営者に限らず、「情報システムへの投資は重要と思うが、効果がはっきり測定できないので困る」と語る経営者は多い。確かに、情報システムには毎年相当のコストがかかる。例えば、パソコンのハードやソフトは一定期間がたったら買い替えの必要が生じる。しかし最新のハードとソフトを購入したからといって、その企業の売り上げが増えるわけではない。
 製造業における生産ラインの増強にせよ、流通業における出店にせよ、企業は設備投資をする時に、投資対効果を必ず考える。こうした本業の設備投資に比べると、情報システム投資は経営者にとって何とも気持ちが悪いものとなる。
 だが、情報システムそのものの投資対効果を測ることは難しい。というより、システム単独の投資対効果を算出してもあまり意味がない。情報システムは、企業が業務を遂行するために必要な情報を作る仕組みである。従って、その業務も含めて投資対効果を見る必要がある。

 新システムの起案書を持ってきた情報システム部長に対し、「君が提案している新システムを入れたらどのくらい儲かるのかね」と聞く経営者は多い。しかし、情報システム部長は本来、その質問には答えられない存在である。「その新システムが支えるAという業務は儲かるのか」という質問をすべきであり、それに答えるのは、Aを担当している部門の責任者になる。
 従って、Aという業務の事業計画を立て、その収益計画の範囲内に、情報システム投資が収まるかどうかを検討することが必要になる。収まるのであれば、そのシステム投資は実行すべきであるし、収まらないようなら、Aという業務の内容を再検討しなければならない。

 とはいえこの説明を聞いても、どこか釈然としない経営者が多いだろう。実はかつては、情報システムの投資対効果はかなり正確に測れたからである。コンピューター導入当初の情報システム投資は一種の機械化投資であり、手作業をコンピューター処理に置き換えるものであった。このため、機械化により、人員を削減することができた。つまり、システムの直接的な効果が見えた。その後コンピューターの利用が進めば進むほど、機械化によるコスト削減の余地は減ってきた。このため、業務全体の投資対効果を見る必要が出てきたわけだ。
 もっとも、業務を詳細に分析すると、まだ機械化すべき業務も残っている。一例を挙げれば、「ERM(エンプロイ・リレーションシップ・マネジメント)」という分野のソフト製品がある。これは、社内外の業務連絡やスケジューリング、勤務状況の把握など、従業員に関するデータを処理するものだ。
 ERM製品を開発しているカナダのIT企業、ワークブレイン社のデイビッド・オシップCEO(最高経営責任者)に話を聞いたことがある。同氏によれば、従業員に関するデータの多くはいまだに手作業で処理されており、社員1人当たり年間1600ドル(約19万円)かかっている。このコストをERMの導入により6~9割は減らせるという。ワークブレインのERMソフトの平均導入費用は社員1人当たり100ドル(約1万2000円)。「100ドルの投資で1600ドルを削減できる。この数字に関心を寄せない経営者はいない」とオシップ氏は語っていた。

 というわけで、企業経営者は、なかなか難しい舵取りを要求される。原則としては、業務とシステムを一体にした投資対効果を検討する。なおかつ情報システム部門に対して、「まだ自動化の余地はないか」と問う必要もある。