ピーター・ドラッカー氏は、ネクスト・ソサエティ(異質な次の社会)において重要なことは、専門知識と技能を持つテクノロジスト(専門教育を受けた技能を持つ技術者)をマネジメントすることだと述べている。過去数回にわたって紹介しているように、テクノロジストあるいは知識労働者にとって、意欲の源泉となるのは、次の4点である。

  • 組織が何をしようとしており、どこへ行こうとしているかを知ること
  • 責任を与えられ、かつ自己実現すること。もっとも適したところに配置されること
  • 継続学習の機会を持つこと
  • 何よりも敬意を払われること。彼ら自身よりも、むしろ彼らの専門分野が敬意を払われること
  •  今回は3番目の「継続学習の機会を持つこと」について考えてみたい。テクノロジストは、ひたすら学び続けなければならない。彼ら彼女らが持つ専門技術は、常に変化あるいは進化するからである。そもそもテクノロジストは、自分が選んだ技術が好きだし、その技術についてなら、勉強を厭わない、という側面がある。
     情報技術(IT)の分野を例にとれば、優秀なシステムズ・エンジニア(SE)と言われる人の多くは、コンピュータのことが好きである。新しいコンピュータや新しいソフトウエア技術が登場すれば、素直に使ってみたいと思う。SEの仕事の基本はITを使って顧客に貢献することとはいえ、あまり古い枯れた技術を使う仕事ばかりではいやになってしまう。
     ドラッカー氏は、「テクノロジストの継続学習意欲に応えるため、教育産業が大発展する」といった主旨のことを述べている。確かにIT関連を見ても、「大発展」とまではいかないが、様々な教育や研修コースがあり、企業もそれなりに教育に投資している。ここで問題は、SEがあまりにも忙しく、学習する時間をなかなかとれないことだ。継続学習の機会が得られないと、ドラッカーが言う通り、テクノロジスト(ITの世界でいえばSE)の意欲は失われてしまう。
     個々のSEが忙しいだけではなく、マネジメントの問題もある。恐ろしいSEマネジャになると、上司から「部下をちゃんと研修に出せ」と命令されたときに部下を見渡し、一番仕事ができないSEを選んで研修に送り込む。できるSEを現場から外して研修に出すと、商売にマイナスとなるからである。できないSEが研修を受けること自体は悪くないが、このやり方を続けていると、優秀なSEはいつまでも現場に縛り付けられ、研修に出られず、学習機会を得られないことになる。
     ドラッカー氏に言わせれば、「上司が部下の教育に気を配ることも大事だが、テクノロジスト自身が自分をマネジメントして、自己学習することも重要だ」となるのだろう。実際、自ら時間を作って研修に出たり、外部の研鑽組織にボランティアで参加しているSEの方もおられる。ただし、これは簡単なことではない。SEは顧客の現場に送り込まれて仕事をしている場合が多く、自己管理を標榜していても、現実には顧客の意向を組まざるを得ない。結局、勉強の時間をとれない、ということになりかねないからだ。
     IT産業は今、人不足である。IT産業はこぞって、「優秀なSEを中途採用したい」「新人をなんとかとりたい」という。人を集めたいなら、継続学習の機会を真に与える経営をすることだろう。

    (谷島 宣之=ドラッカーのIT経営論研究グループ)


    ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。