「日本の官僚のこれまでの実績はさほど優れたものではない。この25年間、失敗ばかりしてきた。1960年代から70年代にかけては、補助すべき対象を誤ってメインフレーム・コンピュータに力を入れた。その結果、日本は情報産業だけでなくハイテク全般で大きく遅れを取った」。

 ドラッカー氏は『ネクスト・ソサエティ』の中でこのように述べている。確かに日本の情報産業は遅れを取った面がある。ITに限れば、日本から生まれ、世界で使われている技術はあまりない。
 しかし、官僚ならびに国産コンピュータ・メーカーになりかわって言えば、1980年代に官僚の施策は大成功をおさめたのである。ドラッカーIT経営論の番外編として、日本のコンピュータ産業の変遷を見てみよう。
 富士通、日本電気、日立製作所といったコンピュータ・メーカーは70年代に大きく業績を伸ばし、日本市場の売り上げでIBMを追い抜いた。世界各国を見渡して、IBMの市場シェアで低迷したのは、ここ日本においてだけである。この段階では、国策としてメインフレーマを育てるという作戦は成功した。
 問題は、目標であったIBMが不調に陥ったことである。IBMが失速した1980年後半からほぼ10年たった日本のメインフレーマはIBM同様、失速した。問題の原因は同じであるから、国産メインフレーマはIBMがとった再生策をそのまま踏襲すればよいはずだ。
 日本のお国柄を考えると、IBMがやったような従業員をほぼ半減するダウンサイジングは無理だ。それ以外のIBMの取り組み、営業体制の再編、プロフェッショナル制度、プロジェクトマネジメント、などは日本企業であっても導入可能である。実際、国産メーカー各社はこうした施策を取り入れている。
 ドラッカー氏の指摘に話を戻す。「日本は情報産業だけでなくハイテク全般で大きく遅れを取った」とある。ITはそうかもしれないが、ハイテクに広げれば日本はまだまだ世界有数の先進国である、と反論したいところだ。ただし昨今の半導体や携帯電話ビジネスを見るとそうも言えない。
 もっともドラッカー氏の一文は、官僚批判の文脈で書かれている。官僚が主導してうまく育ったハイテクはない、という意味なのかもしれない。コンピュータソフトウエア開発の生産性を飛躍的に高めようとして「シグマ計画」や、人工知能を研究した「第五世代コンピュータ」といった大型プロジェクトの顛末が同氏の頭の中にあったのだろうか。

(ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。

注)本稿は以前、ITProにおいて発表されたコラムに加筆したものです。