日経コンピュータ,2001年11月5日号の記事を原則としてそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいているため、社名や登場人物の肩書きを含め現在とは変わっていますが、次世代のシステム開発を考えるために有益な情報であることは変わりません。

米サン・マイクロシステムズの研究開発部門を率いるビル・ジョイ氏にコンピュータの未来を聞いた。古くは“UNIXの神様”,最近は“Java普及の立て役者”として知られる同氏は「10年後にはあらゆる機器(デバイス)にコンピュータが組み込まれ,インターネット経由で相互に連携しあう」と予測する。一方でソフトウエア障害やヒューマン・エラー対策の重要性を強調。「複数モジュールが協調して障害の発生を防がなければ,システム全体の信頼性向上は難しい」と説く。(聞き手は星野 友彦)

2001年からの10年で,コンピュータの利用環境はどのように変化しますか。

 ハードウエアの進化は過去のトレンドの延長線上にあります。チップの改善によって,パフォーマンスがどんどん向上します。今後10年程度は,「ムーアの法則(本誌注:コンピュータの性能は18カ月ごとに2倍になるという経験則)」が通用することは間違いない。これは,今と同じ値段で100倍高速なコンピュータが10年後に利用できることを意味します。

 ソフトウエアに関して言えば,Javaよりもいっそう“高級”な言語が登場するはずです。これにより分散コンピューティングや並列コンピューティングがもっと一般的になります。ソフトウエア自身の信頼性も向上します。

 ネットワークは大きく進化するでしょう。オプティカル化とワイヤレス化の流れがどんどん加速します。光ファイバがいっそう普及することで,膨大な帯域を確保できます。ワイヤレスは携帯電話だけでなく,無線イーサネットという意味でも今後重要な役割を果たします。

あらゆるシーンでWebにアクセス

写真●元・米サン・マイクロシステムズ 共同創業者兼チーフ・サイエンティスト ビル・ジョイ氏
写真●元・米サン・マイクロシステムズ 共同創業者兼チーフ・サイエンティスト ビル・ジョイ氏
写真撮影:瀧上 憲二

 人間とコンピュータの関係は,大きく変わるはずです。キーボードとディスプレイ付きのパソコンを介して,コンピュータを利用する現在のスタイルは,多様な選択肢の一つに過ぎなくなります。

新たにどのようなスタイルが生まれますか。

 生活のあらゆるシーンで人々がWebにアクセスするスタイルです。

 テレビなどの家電製品もコンピュータになります。人々は居間のソファに座りながら,娯楽としてインターネットを楽しみます。多くの人がWebにアクセスできる携帯端末を持ち歩くようになるのは確実です。その先駆けが日本のiモードです。

 ホテルの部屋や自動車にも音声操作型のコンピュータが組み込まれるでしょう。「ホテルにチェックインして割り当てられた部屋の前に行くと,私の音声を認識して部屋のカギが自動的に開く」といった世界が現実になります。

 これだけではありません。ハードウエアの高速化と低価格化があらゆるデバイスにコンピュータを組み込むことを可能にします。例えばIDカード(身分証明書)や,スーパーマーケットで売っている牛乳にも,タグ型のコンピュータが搭載されます。これらのコンピュータ同士が無線ネットワークを介して通信しあう時代がやってきます。

 もちろん既存のビジネス用コンピュータも,通信に加わります。無数のインテリジェント・デバイスがインターネット経由で連携することで,今では夢物語のようなサービスが実現します。

デバイス同士が勝手に連携するようになると,一つのデバイスの誤作動が大事故につながりかねません。

 確かにそうです。現在のIT業界は,信頼性の低い製品が多すぎます。特にソフトウエアがひどい。

信頼性の大幅な向上が急務

 今後の製品には,ワンランク上の品質が求められます。個々のデバイスで何か障害が起こっても,システム全体としては問題が顕在化しないようにして,リスクを軽減する必要があるでしょう。それは我々の責任です。

いっそうの品質向上には,どのようなアプローチが考えられますか。

 システムの信頼性を阻害する要因としては「ハードウエアの故障」,「ソフトウエアの異常」,「ヒューマン・エラー(操作ミス)」,そして複数ユーザーが異なる指示を下して,システム全体の動作がおかしくなる「システム・コンフリクト(競合)」,の四つが考えられます。対策は今述べた順番で難しくなります。すべてをリライアブルにするのはなかなか難しく,現時点では道半ばといったところです。ハードウエア面の基本的な対策であるバックアップさえ,きちんと実施していないユーザーがたくさんいますから。

 ハードウエア・ベンダーは,もっとフォールト・トレラントな(耐故障性の高い)製品を作るべきです。ソフトウエアにも改善の余地が多数残されています。まずはJavaのようなしっかりした言語を使ってプログラムを書くことが第一歩ではないでしょうか。

 ヒューマン・エラーの要因はもっと複雑です。問題はユーザーが何か間違いを犯したときに,システムがそれを許してくれないことにあります。今後のシステムは,アンドウ(UNDO)機能をもっと増やして,ユーザーが間違いを犯してもそこから回復できるようにしなければなりません。