今後20、30年の間に、コンピュータの出現から今日までに見られたよりも大きな技術の変化、そしてそれ以上に大きな産業構造、経済構造、さらには社会構造の変化が見られることになる。

 冒頭部分は、ドラッカーが1999年に書いた「IT革命の先に何があるか?」からの引用である。この論文は『アトランティック・マンスリー』誌に掲載され、『プロフェッショナルの条件』(上田惇生編訳、ダイヤモンド社)、『ネクスト・ソサエティ』(同)の二冊にそれぞれ収録されている。2005年に出た『テクノロジストの条件』(同)には、「IT革命は産業革命になれるか」という題名で再録された。
 コンピュータは、企業が情報を扱う仕組みを大きく変えたが、さらにもっと大きな役割を果たす、とドラッカーは述べる。それはeコマースである。前回引用部分を再掲する。

IT革命のインパクトは現われはじめたばかりである。問題は、情報そのもののインパクトではない。人工頭脳のそれでもない。意思決定や政策や戦略に対するコンピュータのそれでもない。10年、15年という、ついこの間まで予測どころか話題にもなっていなかったもの、すなわちeコマースのインパクトである。製品やサービスの取引にとどまらず、知識労働者の求人求職にさえ使われるようになった、大流通チャネルとしてのインターネットが与えるインパクトである。

 「インターネットが与えるインパクト」などと書かれると「インターネットバブルはとっくに、はじけたのではないのか」と言ってみたくなる。しかし、ドラッカーは彼の歴史観に基づいて、インターネットを評価している。主張の根拠は、過去の歴史とのアナロジーである。

今日IT革命は、産業革命における1820年代の段階にある。ジェームズ・ワットの蒸気機関が産業用として初めて綿紡績に使われた1785年から、およそ40年が経っていた。IT革命において、産業革命における蒸気機関に相当するものがコンピュータである。いずれも革命の導火線であり、象徴だった。

 IT革命と産業革命を比較すると、コンピューターの誕生に相当するものとして、蒸気機関の発明がある。蒸気機関は社会や産業に大きな革新をもたらしたが、ドラッカーの見立てによると「これだで大きなインパクトを与えた産業革命が、実際に最初の50年間にしたことは、産業革命以前からあった製品の生産の機械化だけだった」。

産業革命の初期のころと同じように、1940年代半ばにコンピュータの出現とともに始まったIT革命は、今日までのところ、IT革命の前から存在していたもののプロセスを変えたにすぎない。情報自体にはいささかの変化ももたらしていない。40年前に予測された変化は一つとして起こっていない。意思決定の仕方も変わっていない。IT革命が行ったことは、昔からあった諸々のプロセスをルーティン化しただけだった。

 「昔からあった諸々のプロセスをルーティン化しただけ」はさすがに言い過ぎと思う。情報システムを作った先達は、「昔からあった諸々の(業務)プロセス」をより効率のよいものに変えた上で、そのプロセスに必要な情報を出力するために情報システムを開発したのである。この結果、業務効率は確かに上がった。ただ、ドラッカーが言うとおり、意思決定の仕方は変わっていないし、情報それ自体に変化はなかった。
 蒸気機関の次に,世の中を大きく変えたのは鉄道であった。蒸気機関の登場から鉄道が生まれるまで40年が経過した。鉄道にあたるのが,インターネットを使ったeコマースというわけだ。こちらもコンピュータが登場してから大体40年後に出現した。
 鉄道によって火がついた本当のブームは100年近く続いた。従ってITによる新たな革命は,まだまだ先が長いということになる。世の中がどう変わるかは,100年後にならないと分からないのかもしれない。
 既存のeコマース(電子商取引)ビジネスに限ってみても、今のところ勝ち残ったイーベイ、ヤフー、アマゾン・ドットコムといった企業は好業績を記録している。厳密にはECではないが、グーグルのような新たな高収益企業が出現した。
 しかも鉄道の登場は、本当の革命の前触れである。真の革命はまだ先に起こる。ドラッカー氏は、鉄道が登場した10年後あたりから、「蒸気機関とは無縁の新産業が躍動を始めた」と述べる。それは電報や写真、光学機器、農業機械、肥料であった。一連の新技術の登場の後に、郵便や銀行、新聞などが現れ、鉄道が登場した30年後には、近代の産業と社会制度が確立したという。
 日々の仕事に追われていると、「革命もへちまもあるか」「20年先などしったことか」といった心境になってしまう時がある。しかし、時折、ドラッカーのような視点で物事を見ることは欠かせない。「大きな変化の中にいる」と理解したものが、慌てず、諦めず、おりおりのバブル現象に一喜一憂することもなく、着々と仕事を進め、結果として革命を推進できるのである。

(ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。