中田課長の過去が明らかになりました。下請けのソフトハウスを泣かせるのは当たり前、どんな手を使ってでも商談を取りにくるロムラン電子。中田課長はかつて、そこにいたのです。そのロムランが商談の1つに割り込んできました。同時並行で進む2 つの商談。様々な思惑や人間関係が入り乱れるなか、初受注をかけた第三営業部の戦いは最終局面を迎えました。


 2004年9月末…あれから半年。
「あーあ。今日で上期も終わりか。9月だってのに朝から暑いよなあ。外回り行きたくねえ」
 坊津君がぼやきながらオフィスに入ってきました。
「僕も行きたくないですー。でも今日は平成スタッフのサーバー設置ですからね。僕は立ち会わないと。ねぇ、一緒に行きましょうよ。坊津さん」早くからゴソゴソと準備をしていた猫柳君がうらめしそうにいいました。
「お前、嫌な仕事は全部、猫柳に押し付けてないか?」
 桜井君がツッコミを入れます。

「違うよー。こいつジャンケン弱いんだよ。8月まで打ち合わせには、ちゃんと交代で出てたってば。そういうとこ課長はうるさいから、ごまかせないよ」
「それもそうだ。そう言えば僕も今日は午後から菅原機械の基本設計最終レビューだ。猫柳じゃないけどレビューは眠くなるよね」
「あ、もう! 桜井先輩、勘弁して下さいよ。それはずいぶん前の話じゃないですか」あわてる猫柳君にみんな爆笑です。「今日から研修が終わって新人も来るんですよね。あまり寝てたとか、泣いてたとか、言わないでくださいね、みなさん、頼みます」
「分かった。じゃ口止め料だ、今晩ビールおごれよな」
 ちゃっかりしている坊津君です。

「朝からのむ話かい?」内藤主任が席に着きました。
「それにしてもよく取れたよな、平成スタッフ。大逆転だったなあ、俺は絶対取れないと思ってたね」と桜井君。
「それを言うならサクちゃんの菅原機械だって失注間違いなしだったよなあ。第一、お前、『ロムランにやられたー』って泣いてたじゃないかよ」
「まあまあケンカしないで、受注のおかげで今も一緒に仕事ができるんだから、いいじゃないか。組織も大きくなったんだし」と内藤主任が割って入ります。
「そりゃそうですけど…内藤主任も上期は絶好調でしたね」と坊津くん。「2本も受注したじゃないですか」
「うん、僕も負けてられないし。でも、去年の受注があったから今年があるんだ。君たちの2件がなければ第三営業部は解散だったんだからね。本当に良かったよ」

 話は三月中旬に戻ります。平成スタッフで提案が終わった坊津君は、必死で相手の感触を確かめていました。
「情報システムの広石課長は琵琶通派。で、人事の河合主任は僕たちの味方かな。まあニュートラルってところか。で、あの人はどうなんだろう?初登場の役員だ。間違いなくこのプロジェクトの責任者だろう。“ボスキャラ”現れるってとこだな。そして実際の細かい提案内容は次回として今回の感触はどうだったのだろう」
 坊津君はノートパソコンのケーブルを引き抜きながら考えていました。すると検討チームの1人が歩み寄ってきました。そうあの人、“ボスキャラ”の横山情報システム部長です。

「久しぶりだね、中田君」「ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです。いつからこの会社に?」
 なんと“ボスキャラ”が中田課長と親しげに話しているではないですか。
「ま、その辺はおいおい話そう。立場上、今は何も言えないからな」「お察しいたします」
「提案、頑張ってくれたまえ。この商談が終わったら、一度のみに行こう」「ありがとうございます。ご下命いただけましたら、今度こそ精一杯頑張ります」

 ほんの数秒間の会話でした。坊津君には2人が旧知の仲であること以外、会話の意味が分かりませんでした。『今聞いても教えてもらえないんだろうな。この商談が終わったら聞いてみよう』
 そう思ったとき、ふと『このまま受注できなかったら、第三営業部は来期も存続できるのだろうか』と不安がよぎりました。でも『深く考えることではない。今は全力で仕事をするだけだ』と自分に言い聞かせながら、機材を片づけでいました。
 そのとき猫柳君が言いました。「坊津先輩、それ持って帰っちゃダメですよ。その電源ケーブルはお客さんのです」「えっ、あれ?」
 うっかりしていた坊津君は、中田課長の目にうっすら光る涙があることにも、やはり気づきませんでした。

(イラスト:尾形まどか)

 その数日後。もはや月末も目前のある日。
「桜井! その後、菅原の専務とは連絡が取れたのか?」
「いえ…全く…」
 ロムランとのやり取りがあった日、あわてて専務と連絡を取ろうとした桜井君でしたが、秘書から「急な出張です」との回答だけで詳細はつかめないまま1週間という日数がすぎていました。

「とにかく最終プレゼンまであと3日だ。専務をつかまえてロムランの状況を聞きださないと危険だ。出張先も不明、帰ってくる日も不明なんて怪しすぎるぞ」
「中田課長、その後ロムランの動きは? うちの上層部を通じてのプレッシャーはありましたか?」
「いや、全くない。だから気味が悪いんだ」そろそろ「ロムランの下にもぐれ」という話が来てもおかしくないのだが、と首をかしげる中田課長でした。
 そのとき桜井君の携帯電話が着メロを鳴らしました。
「はい、桜井です。あ、専務! いったいどこにいらっしゃるんですか?」

 結局、桜井君と中田課長が菅原機械の専務に会えたのはプレゼンの前日でした。菅原専務と中田課長の名刺交換が終わり、3人は応接のいすに腰掛けました。
「心配かけたねえ、サクちゃん。実はな、中田課長。わしは桜井君が気に入っておってな。彼は不器用だが熱意がある。今回の新システムは彼の熱意に賭けてみようと思っていたんだが…。先日ロムランが売り込みに来おったのだよ。またこれが、うちの取引銀行筋の紹介という、断りにくい状況を作りおってなあ」
「まずお礼を申し上げます。私どもの桜井をご評価いただきありがとうございます」中田課長は続けました。

「で、ロムランはなんと?」
「ハードは原価で提供、ソフトは桜井君の会社を使って、その上3割下げるというのだ。そんなええ話があるか、どんなカラクリかと聞いたら、桜井君の会社はロムランの下請けじゃから、なんとでもなると言う。桜井君も泣くことにはならんから、契約をしようと言われて…」
「言われて?」

「遠藤という営業部長代理なんじゃが、話しがうまい。しかし冗舌すぎる。桜井君のようなひたむきさがない。不安というか、怪しいものを感じたわけだ。しかし、わしはIT業界の詳しいことは分からん。そこで以前ソフトハウスを経営しておった横山という男に尋ねたんだ。今は平成スタッフの情報システム部長になっておる。彼のことは中田さん、アンタ知ってるな」
「はい、元テクノランド社長の横山健一さんですね」
「そうだ、彼とは大学のラグビー部の先輩後輩という間柄でな。彼の会社がつぶれた原因の一端は、ロムランの遠藤だというではないか」
「しかし…しかし、原因のもう一端は私にあります」中田課長が顔面を紅潮させて言いました。「私が、私が遠藤を止めていれば、それを数字欲しさに…」
「もうええ。もうええ」にっこり笑って菅原専務が言いました。「横山が会社をたたんだあと、アンタ行くあてのない社員の再就職に奔走したらしいじゃないか。なかなかできることじゃあない。中田さん、アンタがどんな営業をしてきたかは、この桜井君を見れば分かる。横山はアンタに心から感謝しておったよ」

「結局、菅原専務が機転を利かせて、すべての業者に対して出張中ということにして、ロムランの提案から逃げまわって時間切れにしちゃったわけね」と、坊津君が半年前の出来事を振り返ります。
「俺の平成スタッフもガチンコ勝負になったおかげで、思う存分提案ができて受注できたし」
 すかさず桜井君が「ま、ありゃ提案に入ったSEのチカラだな」とチャチャを入れます。

「なんだよー、サクだってラッキーパンチだろうが」
「違うよ。ロムランに発注したらシステム構築資金を貸すって言う銀行の話を断ってくれたのは、僕のリレーションのなせる業だよ」と2人がもめだします。
「あ、中田課長ですよ。お2人とも静かに」と猫柳君。そして始業時間を知らせるチャイムがなりました。
「おはよう、みんな」「おはようございます」
 おっと、リエピーがギリギリに飛び込んできました。
「みんなに大切な発表がある。前年度下期の受注、それから、今年度上期の内藤主任の受注実績もあって、下期から第三営業部はSI事業部に改組されることになった。これからはSEも加わり製販一体となり仕事に取り組める。現在の受注残については引き続き、売り上げ回収まで責任もってやってくれ」
 季節的にはこれから涼しくなっていく時期ですが、第三営業部のメンバーは、まだまだ熱い熱い営業活動を続けていくことでしょう。(第2部に続く

今号のポイント:損得を超えた本物の人脈を作ろう!

 商談の基本はリレーション、つまり人間関係ですが、成約の後、システムを納めた後から、本当の人間関係の構築が始まります。「もう会う必要がなくなった状態」でも、なんらかの関係がある。それこそが人脈です。面倒だなんて思ってはいけません。会いに行きましょう。忙しいあなたが時間を割くということは、相手も時間を割くということです。注意したいのは、あなたが相手と会っていると思っているのに、相手はあなたの肩書きや会社と会っている場合があるということです。これでは100回会ったところで人脈になりません。
 さて、お読みいただきありがとうございました。連載は第2部に続きます。引き続きよろしくお願いします!

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。